後世への最大遺物 / 第一回・煎じつめれば金銭問題
富というものを一つにまとめるということは一大事業です。それでわれわれの今日の実際問題は社会問題であろうと、教会問題であろうと、青年問題であろうと、教育問題であろうとも、それを煎じつめてみれば、やはり金銭問題です。ここにいたって誰が金が不要だなぞというものがありますか。ドウゾ、キリスト信者のなかに金持が起ってもらいたいです、実業家が起ってもらいたいです。われわれの働くときに、われわれの後楯になりまして、われわれの心を十分にわかった人がわれわれを見継いでくれるということは、われわれの目下の必要でございます。それで金を後世に遺そうという欲望を持っているところの青年諸君が、その方に向って、神の与えたる方法によって、われわれの子孫にたくさん金を遺してくださらんことを、私は実に祈ります。
書き下し
富というものを一つにまとめるということは一大事業です。それでわれわれの今日の実際問題は、社会問題であろうと、教会問題であろうと、青年問題であろうと、教育問題であろうとも、それを煎じつめてみれば、やはり金銭問題です。ここにいたって、誰が金が不要だなぞというものがありますか。どうぞ、キリスト信者のなかに金持が起ってもらいたいです、実業家が起ってもらいたいです。われわれの働くときに、われわれの後楯になりまして、われわれの心を十分にわかった人がわれわれを見継いでくれるということは、われわれの目下の必要でございます。それで金を後世に遺そうという欲望を持っているところの青年諸君が、その方に向って、神の与えたる方法によって、われわれの子孫にたくさん金を遺してくださらんことを、私は実に祈ります。
現代語訳
富を一つにまとめるというのは一大事業です。ですから今日の私たちの実際問題は、社会問題であれ、教会問題であれ、青年問題であれ、教育問題であれ、煎じつめればやはり金銭問題です。ここに至って、誰が金は要らないなどと言えますか。どうかキリスト者の中から金持ちが出てほしい、実業家が出てほしい。私たちが働くとき、後ろ盾になり、私たちの心を十分に理解した人が支えてくれることは、今の私たちに必要なことです。ですから、金を後世に遺そうという願いを持つ青年諸君が、その方面に向かって、神の与えた方法で、私たちの子孫に多くの金を遺してくださるよう、私は心から祈ります。
解説
この章句が説くこと
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