智囊 / 雄略・劉太妃
太原被圍,克用屢敗,憂窘不知所為。時大將李存信勸且亡入北邊,以圖後舉,克用以語劉,劉罵曰:「存信代北牧羊奴,何足與計成敗!公嘗笑王行瑜棄邠州走,卒為人擒,今乃躬蹈之耶?昔公亡走韃靼,幾不能自脫,賴天下多故,乃得南歸。今屢敗之兵,人無固志,一失守,誰復從公者?北邊其可至乎?」克用悟,乃止。
新字:太原被囲,克用屡敗,憂窘不知所為。時大将李存信勧且亡入北辺,以図後舉,克用以語劉,劉罵曰:「存信代北牧羊奴,何足与計成敗!公嘗笑王行瑜棄邠州走,卒為人擒,今乃躬蹈之耶?昔公亡走韃靼,幾不能自脱,頼天下多故,乃得南帰。今屡敗之兵,人無固志,一失守,誰復従公者?北辺其可至乎?」克用悟,乃止。
書き下し
太原が囲まれ、克用は屢ば敗れ、憂え窘しんでなすべきを知らなかった。このとき大将の李存信は、かりに北辺に亡げ、後挙を図るべきだと勧めた。克用はそれを劉に語ると、劉は罵って言った、「存信は代北の牧羊の奴です。どうして成敗を共に計るに足りましょう。公はかつて王行瑜が邠州を棄てて走り、ついに人に擒えられたのを笑われました。いまはみずからそれを踏むのですか。昔、公は韃靼に亡げ走り、ほとんど自ら脱することができず、天下に事の多いことに頼って、はじめて南に帰ることができました。いま屢ば敗れた兵は、人に固い志がありません。一たび守を失えば、誰がまた公に従いましょう。北辺にはたして至れましょうか。」克用は悟り、ついに止めた。
現代語訳
太原が包囲され、李克用は何度も敗れて、憂え苦しみ、どうしてよいか分からなかった。そのとき大将の李存信が、いったん北方の辺境に逃げて、再起を図るよう勧めた。克用がそのことを妻の劉氏に話すと、劉氏は罵って言った。「存信は代北の羊飼いの奴隷ではありませんか。そんな者と勝敗を相談するに足りるでしょうか。あなたはかつて、王行瑜が邠州を捨てて逃げ、結局捕らえられたことを笑われました。それを今、自分から繰り返そうとするのですか。昔あなたは韃靼に逃げ込み、ほとんど自力で脱出できず、天下に多事があったおかげでようやく南に帰ることができました。いま何度も負けた兵には、固い志がありません。一度城を失えば、誰があなたに従うでしょうか。北方の辺境に、本当にたどり着けるでしょうか。」克用は悟って、やめた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 高祖本紀初め、項羽宋義と北のかた趙を救ふ、項羽の宋義を殺し、代はりて上将軍と為るに及び、諸将黥布皆属し、秦の将王離の軍を破り、章邯を降し、諸侯皆附く。趙高已に二世を殺すに及び、人をして来らしめ、約して関中に分王せんと欲す。沛公以て詐りと為し、乃ち張良の計を用ゐ、酈生・陸賈をして往きて秦の将に説き、啗はすに利を以てせしめ、因りて武関を襲攻し、之を破る。又秦の軍と藍田の南に戦ひ、益々疑兵の旗幟を張り、諸々の過ぐる所掠鹵するを得る毋からしむ、秦人喜び、秦の軍解く、因りて大いに之を破る。又其の北に戦ひ、大いに之を破る。勝ちに乗じて、遂に之を破る。漢の元年十月、沛公の兵遂に諸侯に先んじて霸上に至る。
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言志四録・言志録 第百八十一条 勢に因りて利導す人情の気機は、一定を以て求むべからず。之を誘へば勧み、之を禁ずれば遏む、順なり。之を導けば反つて阻み、之を抑ふれば益揚る、逆なり。是の故に駕馭の道は、当に其の向背を察し、其の軽重を審らかにし、勢に因りて之を利導し、機に応じて之を激励し、其をして自ら其の然る所以を覚えざらしむべし。此れを之れ得たりと為す。
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史記 高祖本紀且つ吾の軍を霸上に還す所以は、諸侯の至るを待ちて約束を定めんのみ。」と。乃ち人をして秦の吏と県郷邑を行かしめ、之に告諭す。秦人大いに喜び、争ひて牛羊酒食を持ちて軍士に献饗す。沛公又譲りて受けず、曰く、「倉粟多し、乏しきに非ず、人に費さしむるを欲せず。」と。人又益々喜び、唯だ沛公の秦王と為らざらんことを恐る。
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『呻吟語』内篇・應務・一の拙法有り世人の相與するは、面上に非ざれば則ち口中なり。人の心は固より面と口とに掩ふ能はず。而して測る可からざる者は則ち面と口とに盡きざるなり。故に惟だ人心のみ最も畏る可く、人心最も知る可からず。此れ天下の陷阱にして、古今生死の衢なり。余に一の拙法有り。之を推すに至誠を以てし、之を施すに至厚を以てし、之を持するに至慎を以てし、是非を遠ざけ、利名を讓り、後下に處せば、則ち夷狄鳥獸も骨肉腹心とす可し。將に深き者をして且つ心を傾けしめ、險なる者をして且つ德に化せしめんとす。而して何ぞ陷阱の予に及ばんや。
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『弁道』第二十四則「之を継ぐ者は善」とは、天を継ぐの継の如し。善とは善人を謂ふなり。流行と訓ずる者は継の字の義を失へり。「之を成す者は性」とは、人各〻性の近き所に随ひて務めを成すを謂ふなり。凡そ徳と言ふ者、怨に対して言ふ者有り、財に対して言ふ者有り。其の単に言ふ者は、皆性の徳なり。爾らずんば、「徳に拠る」、何ぞ其れ荒唐なるや。人心とは民心なり。朽索の馭の如し。故に危ふしと曰ふ。道心とは民心を導くなり。其の機甚だ微なり。故に微なりと曰ふ。
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『講孟余話』滕文公下 第九章「我も亦人心を正し、邪説を息め、詖行を距ぎ、淫辞を放ち、以て三聖者を承けんと欲す」。全章の主意此の一節に在り。此の一節又「正人心」の三字に帰す。是れ乃ち孟子終身自ら任ずる所茲にあり。抑々此の章、禹の洪水を抑へ、周公の夷狄を兼ね猛獣を駆り、孔子の春秋を成すを以て、孟子自ら比す。而して朱子注して云ふ、「蓋し邪説横流して人の心術を壊ること、洪水猛獣の災ひより甚しく、夷狄簒弑の禍ひより惨し。故に孟子深く懼れて力めて之れを救ふ」と。此の言深く味ふべし。且つ当今の事を以て是れを証せんに、群夷競ひ来る、国家の大事とは云へども、深憂とするに足らず。深憂とすべきは人心の正しからざるなり。苟も人心だに正しければ、百死以て国を守る、其の間勝敗利鈍ありと云へども、未だ遽かに国家を失ふに至らず。苟も人心先づ不正ならば、一戦を待たずして国を挙げて夷に従ふに至るべし。然れば今日最も憂ふべき者は、人心の不正なるに非ずや。近年来外夷に対し国体を失すること少なからず。其の茲に至る者、恐れながら幕府諸藩の将士、皆其の心不正にして、国の為めに忠死すること能はざるに由る。然れば孟子今日に生るるとも、亦「正人心」の三字の外一句もあることなし。此の類を以て推すに、洪水猛獣の人民を害する甚しと雖も、洪水は抑ふべし、猛獣は駆るべし。夷狄簒弑誠に憎むべしと云へども、夷狄は兼ぬべし、簒弑は誅すべし。人心苟も正しき時は、四つの者少しも憂ふるに足らず。苟も人心不正なる時は、何を以て洪水を抑へんや、何を以て猛獣を駆らんや、何を以て夷狄を兼ねんや、何を以て簒弑を誅せんや。天地晦瞑人道滅絶す。誠に寒心をなすべきことなり。
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