智囊 / 武案・安萬銓
「竊料今日賊勢,與昔殊科;攻伐之策,亦當異應。往往一二梟獍,負其窟穴,草竊為奸者,皆內儲餱耩,外翼黨與,包藏十有餘年,乃敢陸梁,以延歲月。今者諸賊以亡命之餘,憂在溝壑,冒萬死一生之計,歡呼而起,非有旁寨渠酋,通諜結納,擁群丑以張應援也。守彈丸之地,跧伏其中,無異甕缶;襁升斗之糧,躡尺五之道,束腓而登,無異哺鷇。非素有紅粟朽貫積之倉庾,廣畜大豕肥牛以資擊剝也,失此二者,為必敗之形。而欲攝枵腹,張空拳,睅目而前,以膺貔虎,是曰:「刀鋸之魂」,不足慮也!然竊聞之,首禍一招,而合者三四百人,課其十日之糧,亦不下三四十石,費亦厚矣。而逾旬不餒者,無乃有間道捷徑偷輸潛車免以給其中者乎?不然何所恃以為生也?夫蠻陬夷落之地,事異中原。譬之禦寇於洞房委巷之中,搏擊無所為力。故征蠻之略,皆廣列伏候,扼險四塞以困之。是以諸賊雖微,亦未可以蓐食屠剪。
新字:「窃料今日賊勢,与昔殊科;攻伐之策,亦当異応。往往一二梟獍,負其窟穴,草窃為奸者,皆内儲餱耩,外翼党与,包蔵十有余年,乃敢陸梁,以延歳月。今者諸賊以亡命之余,憂在溝壑,冒万死一生之計,歓呼而起,非有旁寨渠酋,通諜結納,擁群丑以張応援也。守弾丸之地,跧伏其中,無異甕缶;襁升斗之糧,躡尺五之道,束腓而登,無異哺鷇。非素有紅粟朽貫積之倉庾,広畜大豕肥牛以資撃剥也,失此二者,為必敗之形。而欲摂枵腹,張空拳,睅目而前,以膺貔虎,是曰:「刀鋸之魂」,不足慮也!然窃聞之,首禍一招,而合者三四百人,課其十日之糧,亦不下三四十石,費亦厚矣。而逾旬不餒者,無乃有間道捷径偸輸潜車免以給其中者乎?不然何所恃以為生也?夫蠻陬夷落之地,事異中原。譬之禦寇於洞房委巷之中,搏撃無所為力。故征蠻之略,皆広列伏候,扼険四塞以困之。是以諸賊雖微,亦未可以蓐食屠剪。
書き下し
「竊かに料るに今日の賊勢は、昔と科を殊にす。攻伐の策も亦た当に応を異にすべし。往往にして一二の梟獍、其の窟穴に負みて、草竊して奸を為す者は、皆な内に餱糒を儲え、外に党与を翼け、包蔵すること十有余年にして、乃ち敢えて陸梁し、以て歳月を延ぶ。今者の諸賊は亡命の余を以て、憂いは溝壑に在り、万死一生の計を冒して、歓呼して起つ。旁寨の渠酋の、通諜結納し、群丑を擁して以て応援を張る有るに非ず。彈丸の地を守りて、其の中に跧伏するは、甕缶に異なる無し。升斗の糧を襁い、尺五の道を躡み、腓を束ねて登るは、哺鷇に異なる無し。素より紅粟朽貫積の倉庾有りて、広く大豕肥牛を畜いて以て擊剝に資する非ず。此の二者を失えば、必敗の形なり。而るに枵腹を攝り、空拳を張りて、睅目して前み、以て貔虎に膺たらんと欲するは、是れを刀鋸の魂と曰う。慮るに足らず。然れども竊かに之を聞く、首禍一たび招けば合する者三四百人、其の十日の糧を課すれば、亦た三四十石に下らず、費えも亦た厚し。而るに旬を逾えて餒えざる者は、無乃ち間道捷径、偷輸潜車して以て其の中に給する者有らんか。然らずんば何の恃む所ありて以て生を為さんや。夫れ蛮陬夷落の地は、事は中原に異なる。譬えば寇を洞房委巷の中に禦ぐがごとく、搏撃するに力を為す所無し。故に蛮を征するの略は、皆な広く伏候を列ね、険を扼して四塞し以て之を困しむ。是を以て諸賊微なりと雖も、亦た未だ蓐食して屠剪すべからず。
現代語訳
「ひそかに推し量りますに、今日の賊の勢いは以前とは性質が違います。ですから攻め討つ策も、それに合わせて変えねばなりません。これまで、ひとかどの悪党が巣穴にたてこもって略奪を重ねる場合は、いずれも内に食糧を蓄え、外に仲間の助けを備え、十年余りも潜んでから、ようやく暴れ出して年月を延ばしたものです。ところが今回の賊は、逃亡者の寄せ集めで、野垂れ死にを恐れ、万に一つの命がけの賭けに出て、鬨の声を上げて立ち上がったに過ぎません。近隣の砦の首領と連絡を取り合い、手下を引き連れて応援してくれるあてがあるわけでもありません。小さな土地にこもって中で身をかがめている様子は、壺や瓶の中にいるのと変わりません。わずかな食糧を背負い、細い道を踏んで、足をからげて登っていくのは、ひな鳥に餌を運ぶのと変わりません。もともと赤い粟や朽ちるほどの銭を積んだ倉があるわけでも、豚や肥えた牛を大量に飼って略奪に備えているわけでもないのです。この二つ(援軍と蓄え)を失えば、必ず敗れる形です。それなのに、空きっ腹を抱え、素手で目をむいて進み、猛獣のような官軍に当たろうというのは、いわば刀鋸にかかる魂のようなもので、恐れるに足りません。しかしながら、聞くところでは、首謀者が呼びかけて集まった者は三、四百人、十日分の食糧は少なくとも三、四十石に及び、費用も大きいはずです。それなのに十日を過ぎても飢えないのは、間道や近道から密かに食糧を運び込む者がいるのではないでしょうか。そうでなければ何を頼りに生きているのでしょう。そもそも蛮族の辺境の地は、中原とは事情が違います。たとえれば、奥座敷や路地裏で盗賊を防ぐようなもので、叩きつぶそうにも力の出しようがありません。ですから蛮地を征する策は、あまねく伏兵や物見を配置し、要害を押さえて四方を塞ぎ、じわじわと苦しめるものです。こうした理由から、賊が小勢であっても、朝食を早めに済ませて一気に殲滅できるものではありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孫子・地形篇夫れ地形は、兵の助けなり。敵を料りて勝を制し、険厄遠近を計るは、上将の道なり。此を知りて戦いを用うる者は必ず勝ち、此を知らずして戦いを用うる者は必ず敗る。
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史記 張耳陳余列伝章邯兵を引きて邯鄲に至り、皆其の民を河内に徙し、其の城郭を夷ぐ。張耳、趙王歇と走りて鉅鹿城に入る。王離之を囲む。陳餘北のかた常山の兵を収め、数万人を得て、鉅鹿の北に軍す。章邯鉅鹿の南の棘原に軍し、甬道を筑きて河に属け、王離に餉す。王離の兵食多く、急に鉅鹿を攻む。鉅鹿城中食尽き兵少なし。
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孫子・軍争篇是の故に軍に輜重無ければ則ち亡び、糧食無ければ則ち亡び、委積無ければ則ち亡ぶ。故に諸侯の謀を知らざる者は、予め交わること能わず。山林・険阻・沮沢の形を知らざる者は、軍を行ること能わず。郷導を用いざる者は、地の利を得ること能わず。
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史記 魏豹彭越列伝千余人を得たり。沛公の碭より北のかた昌邑を撃つや、彭越之を助く。昌邑未だ下らず、沛公兵を引きて西す。彭越も亦其の衆を将ゐて鉅野の中に居り、魏の散卒を収む。項籍関に入り、諸侯に王とし、還り帰る。彭越の衆万余人属する所毋し。漢の元年秋、斉王田栄項王に畔き、乃ち人をして彭越に将軍の印を賜はしめ、済陰を下して以て楚を撃たしむ。楚、蕭公角をして兵を将ゐて越を撃たしむ。越大いに楚軍を破る。漢王の二年春、魏王豹及び諸侯と東のかた楚を撃つ。彭越其の兵三万余人を将ゐて漢に外黄に帰す。漢王曰く、「彭将軍魏の地を収めて十余城を得、急ぎ魏の後を立てんと欲す。今西魏王豹も亦魏王咎の従弟なり。真の魏の後なり」と。乃ち彭越を拝して魏の相国と為し、其の兵を擅に将ゐて、梁の地を略定せしむ。漢王の彭城に敗れて解けて西するや、彭越皆復た其の下す所の城を亡ひ、独り其の兵を将ゐて北のかた河上に居る。漢王の三年、彭越常に往来して漢の游兵と為り、楚を撃ち、其の後糧を梁の地に絶つ。漢の四年冬、項王と漢王と滎陽に相距ぐ。彭越睢陽・外黄の十七城を攻め下す。項王之を聞き、乃ち曹咎をして成皋を守らしめ、自ら東して彭越の下す所の城邑を収め、皆復た楚と為す。越其の兵を将ゐて北のかた穀城に走る。漢の五年秋、項王の南のかた陽夏に走るや、彭越復た昌邑の旁の二十余城を下し、穀十余万斛を得て、以て漢王の食に給す。漢王敗れ、使をして彭越を召して力を并せて楚を撃たしめんとす。越曰く、「魏の地初めて定まり、尚ほ楚を畏る。未だ去るべからず」と。漢王楚を追ひ、項籍の為に碧陵に敗らる。乃ち留侯に謂ひて曰く、「諸侯の兵従はず。之を為すこと柰何」と。留侯曰く、「斉王信の立つは、君王の意に非ず。信も亦自ら堅からず。
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孫子・火攻篇凡そ火攻に五有り。一に曰く火人、二に曰く火積、三に曰く火輜、四に曰く火庫、五に曰く火隊。
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『長短経』水火経に曰く「水を以て攻を佐くる者は強く、火を以て攻を佐くる者は明らかなり」と。是に知る、水火なる者は、兵の助けなり。故に火攻に五有り。一に曰く人を火く〔敵の傍近の草、風に因りて之を焼く〕。二に曰く積を火く〔其の積蓄を焼く〕。三に曰く輜を火く〔其の輜重を焼く〕。四に曰く庫を火く〔当に間人をして敵営に之かしめ、其の兵庫を焼かしむべし〕。五に曰く燧を火く〔燧は、墮なり。火を以て敵人の営中に墮すなり。大頭の法は、鉄を以て火を盈たし、箭頭に著け、強弩もて敵の営中に射て、糧道を焼絶するなり〕。
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