智囊 / 武案・安萬銓
唯在據其要害,斷其芻粟之途,重營密柵,勤其間覘,嚴壁而居,勿與角利,使彼進無所乘,退無所逸,遠不過一月,而羸疲之屍藁磔麾下矣。若夫我軍既固,彼勢益孤,食竭道窮,必至奔突,則潰圍之戰,不可不鏖也。相持既久,觀望無端,我忽而衰,彼窮而銳,或晨昏惰臥,刁鬥失鳴,則劫營之虞不可不備也。防禦既周,奸謀益窘,必甘辭納款,以丐殘息,目前雖可安帖,他日必復萌生,則招撫之說不可從也。膚見宵人,狃於詭道,欲出不意以徼一獲;彼既鑑於前車,我復襲其故轍,不唯徒費,抑恐損威,則偷囤之策不可不拒也。至於事平之後,經畫猶煩」云云。
新字:唯在拠其要害,断其芻粟之途,重営密柵,勤其間覘,厳壁而居,勿与角利,使彼進無所乗,退無所逸,遠不過一月,而羸疲之屍藁磔麾下矣。若夫我軍既固,彼勢益孤,食竭道窮,必至奔突,則潰囲之戦,不可不鏖也。相持既久,観望無端,我忽而衰,彼窮而鋭,或晨昏惰臥,刁鬥失鳴,則劫営之虞不可不備也。防禦既周,奸謀益窘,必甘辞納款,以丐残息,目前雖可安帖,他日必復萌生,則招撫之説不可従也。膚見宵人,狃於詭道,欲出不意以徼一獲;彼既鑑於前車,我復襲其故轍,不唯徒費,抑恐損威,則偸囤之策不可不拒也。至於事平之後,経画猶煩」云云。
書き下し
唯だ其の要害に拠り、其の芻粟の途を断ち、営を重ね柵を密にし、其の間覘を勤め、壁を厳しくして居り、与に利を角すること勿く、彼をして進むに乗ずる所無く、退くに逸るる所無からしむれば、遠くとも一月に過ぎずして、羸疲の屍、麾下に藁磔せん。夫の若し我が軍既に固く、彼の勢い益ます孤にして、食竭き道窮まれば、必ず奔突に至る。則ち潰囲の戦、鏖にせざるべからず。相持すること既に久しく、観望端無く、我忽ち衰え、彼窮して鋭く、或いは晨昏に惰臥し、刁鬥鳴を失うときは、則ち劫営の虞れ、備えざるべからず。防禦既に周ければ、奸謀益ます窘しみ、必ず甘辞して款を納れ、以て残息を丐う。目前は安帖すべしと雖も、他日必ず復た萌生す。則ち招撫の説は従うべからざるなり。膚見の宵人は、詭道に狃れ、不意に出でて以て一獲を徼めんと欲す。彼既に前車に鑑み、我復た其の故轍を襲わば、唯だ徒費のみならず、抑も威を損なうを恐る。則ち偷囤の策は拒まざるべからざるなり。事平らぐの後に至りては、経画猶お煩わし」云云。
現代語訳
ただ要害を押さえ、敵の飼料と食糧の道を断ち、陣を幾重にも重ね柵を密にし、見張りを怠らず、壁を固めて守り、敵と小さな利を争わず、敵に進んでも付け入る隙がなく、退いても逃げ場がない状態にすれば、遅くとも一か月かからずに、弱り果てた賊の屍が我が旗下に転がることになります。さて、我が軍の備えが固まり、敵の勢いがますます孤立し、食糧が尽き道が窮まれば、敵は必ず突撃を仕掛けてきます。そのときの包囲突破の戦いでは、皆殺しにする覚悟が必要です。にらみ合いが長引き、様子見の日が続くと、こちらが急に気が緩み、敵は追い詰められて鋭くなり、朝夕に兵が怠けて寝込み、夜回りの拍子木が鳴らなくなったなら、夜襲の恐れがあるので備えねばなりません。守りが行き届けば、敵の悪だくみはますます苦しくなり、必ず甘い言葉で降参を申し出て、命ごいをしてきます。目先は穏やかに収まっても、後日必ずまた事が起こります。ですから懐柔して従わせる説に従ってはなりません。浅はかな小人は、だまし討ちの策に慣れ、不意を突いて一度の獲物を得ようとします。しかし敵は前の失敗に学んでおり、こちらが同じ道を繰り返せば、無駄な費用のみならず、威信まで損ないます。ですから砦への忍び込みの策は退けねばなりません。事が収まった後の処置は、なお煩雑ですが」云々。
解説
この章句が説くこと
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