智囊 / 武案・郭固
熙寧中,使六宅使郭固等討論「九軍陣法」,著之為書,頒下諸帥府,副藏秘閣。固之法:「九軍共為一營陣,以駐隊繞之。若依古法,人占地二步,馬四步,軍中容軍,隊中容隊,則十萬人之陣,占地方十里餘,天下豈有方十里之地,無丘阜溝澗林木之礙者?兼九軍共以一駐隊為籬落,則兵不復可分,如九人共一皮,分之則死,此正孫武所謂「縻軍」也。予再加詳定,謂九軍當使別自為陣,雖分列左右前後,而各占地利,以駐隊外向自繞,縱越溝澗林薄,不妨各自成營,金鼓一作,則卷舒合散,渾渾淪淪,而不可亂。九軍合為一大陣,則中分四衢,如「井田」法,九軍皆背背相承,面面相向,四頭八尾,觸處為首。」上以為然,親舉手曰:「譬如此五指,若共為一皮包之,則何以施用。」遂著為令。
新字:熙寧中,使六宅使郭固等討論「九軍陣法」,著之為書,頒下諸帥府,副蔵秘閣。固之法:「九軍共為一営陣,以駐隊繞之。若依古法,人占地二歩,馬四歩,軍中容軍,隊中容隊,則十万人之陣,占地方十里余,天下豈有方十里之地,無丘阜溝澗林木之礙者?兼九軍共以一駐隊為籬落,則兵不復可分,如九人共一皮,分之則死,此正孫武所謂「縻軍」也。予再加詳定,謂九軍当使別自為陣,雖分列左右前後,而各占地利,以駐隊外向自繞,縦越溝澗林薄,不妨各自成営,金鼓一作,則巻舒合散,渾渾淪淪,而不可乱。九軍合為一大陣,則中分四衢,如「井田」法,九軍皆背背相承,面面相向,四頭八尾,触処為首。」上以為然,親舉手曰:「譬如此五指,若共為一皮包之,則何以施用。」遂著為令。
書き下し
熙寧中、六宅使郭固らをして「九軍陣法」を討論せしめ、之を書に著して、諸帥府に頒下し、副は秘閣に蔵す。固の法に、「九軍共に一営陣と為し、駐隊を以て之を繞らす。若し古法に依らば、人は地を占むること二歩、馬は四歩、軍中に軍を容れ、隊中に隊を容る。則ち十万人の陣は、地を占むること方十里余。天下に豈に方十里の地の、丘阜・溝澗・林木の礙げ無き者有らんや。兼ねて九軍共に一駐隊を以て籬落と為せば、則ち兵は復た分かつべからず。九人の一皮を共にし、之を分かたば則ち死するが如し。此れ正に孫武の所謂「縻軍」なり。予、再び加えて詳らかに定め、九軍は当に別に自ら陣を為さしむべしと謂う。左右前後に分列すると雖も、各々地利を占め、駐隊は外に向かい自ら繞る。縦い溝澗・林薄を越ゆるも、各々自ら営を成すを妨げず。金鼓一たび作らば、則ち巻舒合散して、渾渾淪淪として乱るべからず。九軍合して一大陣と為すときは、則ち中に四衢を分かつこと「井田」の法の如し。九軍は皆な背背相い承け、面面相い向かい、四頭八尾、触るる処首と為る」と。上以て然りと為し、親ら手を挙げて曰く、「譬えば此の五指の如し。若し共に一皮もて之を包まば、則ち何を以て施用せんや」と。遂に著して令と為す。
現代語訳
熙寧年間、六宅使の郭固らに「九軍陣法」を議論させ、それを書物にして、各帥府に配布し、副本を秘閣に収めた。郭固の方法はこうである。「九軍をともに一つの営陣とし、駐隊でこれをめぐらす。もし古法によれば、一人が占める地は二歩、馬は四歩、軍の中に軍を容れ、隊の中に隊を容れる。そうすれば十万人の陣は、占める地が方十里あまりになる。天下に方十里の土地で、丘や溝、谷、林の障害のないものがあろうか。しかも九軍がともに一つの駐隊を垣根とするなら、兵は分けることができない。九人が一枚の皮を共有するようなもので、分ければ死ぬ。これこそ孫武の言う『縻軍(軍を縛る)』である。私は改めて詳しく定め、九軍はそれぞれ別に陣を作るべきだと考えた。左右前後に分けて並べても、それぞれ地の利を占め、駐隊は外に向かって自らをめぐらす。溝や谷、林を越えても、それぞれ営を成すことに妨げはない。金鼓が一度鳴れば、巻き広がり、合し散じ、混然として乱れることがない。九軍が合して一大陣となるときは、中に四つの大道を分けること『井田』の法のようである。九軍はみな背を支え合い、面と面を向かい合わせ、四つの頭と八つの尾があり、どこに触れても首となる」と。上(皇帝)はそのとおりだとして、自ら手を挙げて言った。「たとえばこの五本の指のようなものだ。もしすべて一枚の皮で包んだら、どう使えようか。」そうして書き著して令とした。
解説
この章句が説くこと
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