智囊 / 武案・吳玠・吳璘
吳玠每戰,選勁弓強弩,命諸將分番迭射,號「注隊矢」,連發不絕,繁如雨注,敵不能當。吳璘仿車戰餘意,立「疊陣法」,每戰以長槍居前,坐不得起;次最強弓,次強弩跪膝以俟,次神臂弓,約賊相搏,至百步內,則神臂先發,七十步,強弓並發。次陣如之,凡陣,以拒馬為限,鐵鉤相連。傷則更代之,遇更代則以鼓為節。騎為兩翼蔽於前,陣成而騎退,謂之疊陣。戰士心定,則能持滿,敵雖銳,不能當也。〔述〕璘著《兵法》二篇,大略謂,金人有四長,我有四短。當反我之短,制彼之長。四長曰騎兵,曰堅忍,曰重甲,曰攻矢。吾集番、漢所長,兼收而用之:以分隊制其騎兵,以番休迭戰制其堅忍,以勁弓強弩制其重甲,以遠克近、強制弱制其弓矢。佈陣之法,則以步軍為陣心,翼以馬軍,為左右肋,而拒馬布兩肋之間。
新字:呉玠毎戦,選勁弓強弩,命諸将分番迭射,号「注隊矢」,連発不絶,繁如雨注,敵不能当。呉璘仿車戦余意,立「畳陣法」,毎戦以長槍居前,坐不得起;次最強弓,次強弩跪膝以俟,次神臂弓,約賊相搏,至百歩内,則神臂先発,七十歩,強弓並発。次陣如之,凡陣,以拒馬為限,鉄鉤相連。傷則更代之,遇更代則以鼓為節。騎為両翼蔽於前,陣成而騎退,謂之畳陣。戦士心定,則能持満,敵雖鋭,不能当也。〔述〕璘著《兵法》二篇,大略謂,金人有四長,我有四短。当反我之短,制彼之長。四長曰騎兵,曰堅忍,曰重甲,曰攻矢。吾集番、漢所長,兼収而用之:以分隊制其騎兵,以番休迭戦制其堅忍,以勁弓強弩制其重甲,以遠克近、強制弱制其弓矢。佈陣之法,則以歩軍為陣心,翼以馬軍,為左右肋,而拒馬布両肋之間。
書き下し
呉玠は戦うごとに、勁弓強弩を選び、諸将に命じて番を分かちて迭いに射しめ、「注隊矢」と号す。連発して絶えず、繁きこと雨の注ぐが如く、敵当たる能わず。呉璘は車戦の余意に倣い、「疊陣法」を立つ。戦うごとに長槍を以て前に居らしめ、坐して起つを得ず。次に最強の弓、次に強弩は跪膝して以て俟つ。次に神臂弓、賊と相い搏つを約し、百歩の内に至れば、則ち神臂先ず発す。七十歩にして強弓並びに発す。次の陣も之の如し。凡そ陣は拒馬を以て限りと為し、鉄鉤もて相い連ぬ。傷つけば則ち更代す。更代に遇えば、則ち鼓を以て節と為す。騎は両翼と為り前に蔽い、陣成れば騎は退く。之を疊陣と謂う。戦士の心定まれば、則ち能く満を持つ。敵は鋭しと雖も、当たる能わず。〔述〕璘《兵法》二篇を著す。大略に謂う、金人に四長有り、我に四短有り。当に我が短を反して彼の長を制すべし。四長とは、騎兵、堅忍、重甲、攻矢を曰う。吾、番・漢の長ずる所を集め、兼ねて収めて之を用う。分隊を以て其の騎兵を制し、番休迭戦を以て其の堅忍を制し、勁弓強弩を以て其の重甲を制し、遠きを以て近きに克ち、強きを以て弱きを制するを以て其の弓矢を制す。布陣の法は、則ち歩軍を以て陣心と為し、翼するに馬軍を以てし、左右の肋と為し、拒馬は両肋の間に布く。
現代語訳
呉玠は戦うごとに、強い弓や弩を選び、諸将に命じて交代で射させ、「注隊矢」と名づけた。連続して射て絶えず、その密なことは雨が降りそそぐようで、敵は当たることができなかった。呉璘は戦車戦の考え方に倣って「疊陣法」を立てた。戦うごとに長槍を前に置き、座らせて立つことを許さない。次に最強の弓、次に強弩は膝をついて待つ。その次に神臂弓を置き、賊と接するのを約束として、百歩以内になれば、神臂弓がまず射る。七十歩で強弓が一斉に射る。次の陣もこのとおりである。陣は拒馬(障害物)を限りとし、鉄鉤でつなぐ。傷ついた者があれば交代する。交代は太鼓を合図とする。騎兵は両翼として前を覆い、陣が整うと騎兵は退く。これを疊陣という。兵の心が定まれば、満を持して弓を引くことができる。敵がいかに鋭くても当たれない。〔述〕璘は『兵法』二篇を著した。大意は、金人には四つの長所があり、わが方には四つの短所がある。わが短所を反転して彼の長所を制すべきだ。四つの長所とは、騎兵、堅忍、重装甲、攻撃の矢である。わたしは番(異民族)と漢の長所を集め、併せて用いる。分隊で騎兵を制し、交代で休みながら戦うことで堅忍に勝ち、強弓で重甲に勝ち、遠い所から近い所を攻め、強い者で弱い者を制することで弓矢に勝つ。布陣の法は、歩兵を陣の中心とし、騎兵を翼として左右の肋骨のように配し、拒馬を両肋の間に置く。
解説
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