智囊 / 武案・李綱
以騎兵出兩翼,追擊以取勝。其佈陣之法,則每軍二千五百人,以五分之一,凡五百人為將佐衛兵及輜重之屬。餘二千人為車八十乘,欲布方陣,則面各用車二十乘,車相聯,而步卒彌縫於其間,前者其車向敵,後者其車倒行,左右者其車順行,賊攻左右而掩後,則隨所攻而向之,前後左右,其變可以無窮,而將佐衛兵及輜重之屬,皆處其中,方圓曲直,隨地之便,行則鱗次以為陣。止則鉤聯以為營,不必開溝塹,築營壘,最為簡便而完固。」〔先臣餘子俊言〕大同宣府地方,地多曠衍,車戰為宜。器械乾糧,不煩馬馱,運有用之城,策不飼之馬。」邊批:二句盡車之利。
新字:以騎兵出両翼,追撃以取勝。其佈陣之法,則毎軍二千五百人,以五分之一,凡五百人為将佐衛兵及輜重之属。余二千人為車八十乗,欲布方陣,則面各用車二十乗,車相聯,而歩卒弥縫於其間,前者其車向敵,後者其車倒行,左右者其車順行,賊攻左右而掩後,則随所攻而向之,前後左右,其変可以無窮,而将佐衛兵及輜重之属,皆処其中,方円曲直,随地之便,行則鱗次以為陣。止則鉤聯以為営,不必開溝塹,築営塁,最為簡便而完固。」〔先臣余子俊言〕大同宣府地方,地多曠衍,車戦為宜。器械乾糧,不煩馬馱,運有用之城,策不飼之馬。」辺批:二句尽車之利。
書き下し
騎兵を以て両翼に出だし、追撃して以て勝を取る。其の布陣の法は、則ち每軍二千五百人、五分の一、凡そ五百人を以て将佐の衛兵及び輜重の属と為し、余の二千人を車八十乗と為す。方陣を布かんと欲すれば、面ごとに各々車二十乗を用い、車は相い聯ね、歩卒は其の間に彌縫す。前なる者は其の車敵に向い、後なる者は其の車倒行し、左右なる者は其の車順行す。賊、左右を攻めて後ろを掩えば、則ち攻むる所に随いて之に向う。前後左右、其の変は窮まり無かるべし。而して将佐の衛兵及び輜重の属は、皆な其の中に処る。方円曲直、地の便に随い、行けば則ち鱗次して以て陣と為し、止まれば則ち鉤聯して以て営と為す。必ずしも溝塹を開き営塁を築かず、最も簡便にして完固なり。〔先臣余子俊言う〕大同・宣府の地方は、地曠衍多く、車戦宜しと為す。器械・乾糧は、馬の駄するを煩わさず、有用の城を運び、不飼の馬を策す。辺批に二句、車の利を尽くす。
現代語訳
騎兵を両翼に出し、追撃して勝利を収める。その布陣の方法は、一軍が二千五百人であれば、その五分の一の五百人を将佐の護衛兵と輜重(輸送)などとし、残りの二千人を八十台の車に割り当てる。方陣を敷くには、各面に車二十台を使い、車は互いに連ね、歩兵がその隙間を埋める。前面の車は敵に向け、後面の車は後ろ向きに、左右の車は進行方向に沿って配置する。敵が左右を攻め後ろを襲っても、攻めてきた方向に向きを変えて対応する。前後左右、その変化は尽きない。将佐の護衛兵と輜重などは、みなその中にいる。方形、円形、曲がり、直線と、地形の都合に従い、進むときは魚のうろこのように並べて陣とし、止まるときは鉤でつないで営とする。必ずしも溝や堀を掘り営塁を築く必要がなく、もっとも簡便で堅固である。」〔先臣の余子俊は言う〕大同・宣府の地方は、平地が広く、車戦が適している。武器や乾した糧は、馬に荷を負わせる必要がなく、動く城を運び、飼わない馬を走らせるようなものだ。眉批に「二句で車の利を言い尽くす」とある。
解説
この章句が説くこと
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