智囊 / 詭道・孔鏞
遂牽牛聯騎而出,至牛所,觀而喜之,兩牛方作鬥狀,忽報:「巡官至矣!」瑞曰:「公知之乎,乃王指揮耳!」溪笑曰:「老王何幸,得此榮差,俟其至,吾當嘲之!」瑞曰:「巡官行寨,公當往迎,況故人也!」溪,剌將策騎往,瑞曰:「公等請去佩刀,恐新官見刀,以為不利!」溪、剌咸去刀見曾,曾厲聲詰溪,剌曰:「上司按部,何不掃廨舍,具供帳,而洋洋至此,何為?」溪、剌猶謂戲語,漫拒之,曾大怒曰:「謂不能擒若等耶?」溪、剌猶笑傲,曾大呼,伏兵起叢薄間,擒溪、剌。剌手搏,傷者數十人,竟繫之,馳貴州見公,磔於市,一境始寧。
新字:遂牽牛聯騎而出,至牛所,観而喜之,両牛方作鬥状,忽報:「巡官至矣!」瑞曰:「公知之乎,乃王指揮耳!」渓笑曰:「老王何幸,得此栄差,俟其至,吾当嘲之!」瑞曰:「巡官行寨,公当往迎,況故人也!」渓,剌将策騎往,瑞曰:「公等請去佩刀,恐新官見刀,以為不利!」渓、剌咸去刀見曽,曽厲声詰渓,剌曰:「上司按部,何不掃廨舎,具供帳,而洋洋至此,何為?」渓、剌猶謂戯語,漫拒之,曽大怒曰:「謂不能擒若等耶?」渓、剌猶笑傲,曽大呼,伏兵起叢薄間,擒渓、剌。剌手搏,傷者数十人,竟繋之,馳貴州見公,磔於市,一境始寧。
書き下し
遂に牛を牽き騎を聯ねて出で、牛の所に至り、観て之を喜ぶ。両牛、方に鬥うの状を作すに、忽ち報ず、「巡官至れり」と。瑞曰く、「公、之を知るか。乃ち王指揮のみ」と。溪笑いて曰く、「老王、何ぞ幸いにして此の栄差を得たる。其の至るを俟ち、吾当に之を嘲るべし」と。瑞曰く、「巡官の寨を行くや、公、当に往きて迎うべし。況んや故人なるをや」と。溪・剌、将に騎に策うちて往かんとす。瑞曰く、「公ら請う、佩刀を去れ。恐らく新官刀を見て、以て不利と為さん」と。溪・剌、咸な刀を去りて曽に見ゆ。曽、声を厲しくして溪を詰る。剌曰く、「上司の部を按ずるに、何ぞ廨舎を掃かず、供帳を具えず、而して洋洋として此に至るは、何為ぞ」と。溪・剌、猶お戯語なりと謂い、漫りに之を拒む。曽、大いに怒りて曰く、「若らを擒にする能わずと謂うか」と。溪・剌猶お笑い傲る。曽、大いに呼べば、伏兵、叢薄の間より起こり、溪・剌を擒にす。剌、手搏して傷つく者数十人、竟に之を繋ぎ、貴州に馳せて公に見えしめ、市に磔にす。一境、始めて寧し。
現代語訳
そうして牛を引き、馬を連ねて出かけ、牛のいる所に着くと、見て喜んだ。二頭の牛がまさに闘うそぶりを見せたとき、突然知らせが入った。「巡官が到着しました。」瑞は言った。「あなたはご存じですか。王指揮ですよ。」溪は笑って言った。「老王め、なんとよい役目を得たことよ。到着を待ってからかってやろう。」瑞は言った。「巡官が寨を巡るのですから、あなたが迎えに行くべきでしょう。まして旧知の仲ですし。」溪と剌はまさに馬に鞭打って向かおうとした。瑞は言った。「皆さま、どうか佩刀を外してください。新任の官が刀を見て、不吉と思うかもしれません。」溪と剌はともに刀を外して王曽に会った。曽は声を厳しくして溪を責めた。剌は言った。「上司が管轄を視察するのに、なぜ宿舎を掃除せず、幕舎の用意もせず、のうのうとここに来たのか、どういうつもりか。」溪と剌はなお冗談だと思い、いい加減に拒んだ。曽は大いに怒って言った。「おまえたちを捕らえられないとでも思うか。」溪と剌はまだ笑って傲慢だった。曽が大声で呼ぶと、伏兵が草むらから起こり、溪と剌を捕らえた。剌は素手で格闘して数十人を傷つけたが、ついに縛り上げ、貴州に急行して公に見えさせ、市で磔にした。一帯はようやく安らいだ。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第十四さありて此度長篠にて勝頼公の人数甲州衆うへの原に加藤丹後を残し置き、其余は一円に立て是八千なり、上野衆四千信濃より六千合せて一万八千の内、鳶が巣に千又長篠城奥平押へに千おきて、残る一万六千をもつて七万あまりの人数の節所を三ツまで搆へ、柵の木を三重にふりて待ちかまへてゐる所へ、面もふらずかゝるは、敵四人こなた一人のつもりなれ共、節所と柵の木とを考れば是又敵に十万の加勢なり、縦へば十七万の人数の籠りたる城を一万六千にて責めたるごとくなり、信玄公つねの智略にも千籠りたる城をば、二四の人数にてせめんと定め給ふ、五千にてはことあやうしと有り、
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