智囊 / 制勝・王式
浙東賊裘甫作亂,以王式為觀察使討平之。諸將詣於式曰:「公始至,軍食方急,而遽散之,何也?」式曰:「賊聚谷以誘飢人。吾給之食,則彼不為盜。且諸縣無守兵,賊至,則倉穀適足資之耳。」「不置烽燧,何也?」式曰:「烽燧所以趨救兵也,今兵盡行,徒驚士民耳。」「使懦卒為候騎,而少給兵,何也?」式曰:「彼勇卒操利,遇敵則不量力而鬥,鬥死則賊至不知矣。」皆拜曰:「非所及也。」
新字:浙東賊裘甫作乱,以王式為観察使討平之。諸将詣於式曰:「公始至,軍食方急,而遽散之,何也?」式曰:「賊聚谷以誘飢人。吾給之食,則彼不為盗。且諸県無守兵,賊至,則倉穀適足資之耳。」「不置烽燧,何也?」式曰:「烽燧所以趨救兵也,今兵尽行,徒驚士民耳。」「使懦卒為候騎,而少給兵,何也?」式曰:「彼勇卒操利,遇敵則不量力而鬥,鬥死則賊至不知矣。」皆拝曰:「非所及也。」
書き下し
浙東の賊裘甫、亂を作す。王式を以て觀察使と為し、討ちて之を平らぐ。諸將、式に詣りて曰く、「公、始めて至るや、軍食方に急なるに、遽かに之を散ずるは、何ぞや」と。式曰く、「賊は谷を聚めて以て飢えたる人を誘う。吾、之に食を給せば、則ち彼は盜を為さず。且つ諸縣に守兵無し、賊至らば、則ち倉の穀は適々以て之に資するに足るのみ」と。「烽燧を置かざるは、何ぞや」と。式曰く、「烽燧は救兵を趨く所以なり。今、兵は盡く行く。徒らに士民を驚かすのみ」と。「懦卒を使て候騎と為し、而して少しく兵を給するは、何ぞや」と。式曰く、「彼の勇卒は利を操り、敵に遇えば則ち力を量らずして鬪う。鬪死すれば、則ち賊至るを知らざるなり」と。皆な拜して曰く、「及ぶ所に非ざるなり」と。
現代語訳
浙東の賊の裘甫が乱を起こしました。王式が観察使に任じられ、討伐して平定しました。諸将が王式のもとに来て言いました。「閣下が着任された当初、軍の食糧が切迫していたのに、すぐにそれを人々に分け与えたのは、なぜですか」。王式は言いました。「賊は穀物を集めて飢えた人を誘い込む。我々が食糧を与えれば、彼らは盗賊にならない。それに、諸県には守備兵がいない。賊が来れば、倉の穀物はちょうど賊の資源になるだけだ」。「烽火台を置かないのは、なぜですか」。王式は言いました。「烽火は援軍を急がせるためのものだ。今、兵はすべて出ている。いたずらに士民を驚かすだけだ」。「臆病な兵を偵察の騎兵にして、少ししか兵を与えないのは、なぜですか」。王式は言いました。「勇敢な兵は武器を握り、敵に遭えば力を量らずに戦う。戦って死ねば、賊が来たことを知らせる者がいなくなる」。皆は拝礼して言いました。「私どもの及ぶところではありません」。
解説
この章句が説くこと
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大学財を生ずるに大道有り。之を生ずる者衆(おお)くして、之を食らう者寡(すくな)く、之を為す者疾(と)くして、之を用いる者舒(ゆるや)かなれば、則ち財恒(つね)に足る。仁者は財を以て身を発(ひら)き、不仁者は身を以て財を発く。未だ上(かみ)仁を好んで下(しも)義を好まざる者は有らざるなり。未だ義を好んで其の事終えざる者は有らざるなり。未だ府庫(ふこ)の財其の財に非ざる者は有らざるなり。
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葉隠・聞書第一武芸に貪着(とんじゃく)して、弟子など取りて武士を立つると思う人多し。骨を折りて、ようやく芸者(げいしゃ)にならるるは惜しき事なり。芸能は事欠かぬ分に仕習(しなら)うて済む事なり。総じて多能なる者は下劣に見え、肝要の所が大方(おおかた)になるものなり。
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