孟子 / 離婁章句下
孟子曰、大人者、言不必信。行不必果。惟義所在。
書き下し
孟子曰く、「大人なる者は、言必ずしも信ならず。行い必ずしも果ならず。惟だ義の在る所のままなり。」
現代語訳
孟子は言った。 「大人物は、言った言葉を必ず実行するとは限らない。やり始めたことも必ず結果を得られるまでやり通すとは限らない。ただ義に従って言動をなしているのだ。」
解説
約束を守ることや、一度決めたことをやり抜くことは大切な美徳ですが、状況が変わったときには柔軟な対応が必要です。もし、最初に決めたことが正義や道徳に反すると気づいたなら、過去の発言や体面に縛られることなく、勇気を持って方針を転換することが本当に優れた人物の行動です。現代の変化の激しい社会においても、形式的な一貫性に固執するのではなく、その時々で「何が最も正しい選択か」を第一に考える柔軟性が重要です。
この章句が説くこと
柔軟な判断本質的な正しさ方針転換手段と目的
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五輪書・水の巻有㆑構無㆑構(かまへありてかまへなし)と云ふは、太刀を構ふると云ふ事、有るべき事に非ず。されども五方に置く事あれば、構へ共成るべし。太刀は敵の縁により、所により、けいきにしたがひ、何れの方に置きたりとも、其の敵きりよき様に持つ心なり。上段も時に随ひ、少しさがる心なれば中段となり、中段を利により少しあぐれば上段となる。下段もおりにふれ、少しあぐれば中段となる。両脇の構も、くらゐにより少し中へ出さば、中段・下段共なる心なり。然るに依て、構は有りて構は無きと云ふ理(ことわり)なり。先(ま)づ太刀を執りては、何れにしてなりとも、敵を切ると云ふ心なり。若(も)し敵の切る太刀を、受くる・はる・あたる・ねばる・さはるなど云ふ事あれども、皆皆敵を切る縁(えん)なりと心得べし。受くると思ひ、はると思ひ、あたると思ひ、ねばると思ひ、さはると思ふに依て、切る事不足なるべし。何事も切る縁と思ふ事肝要なり。能々吟味すべし。兵法大きにして、人数たてと云ふも構なり。皆合戦に勝つ縁なり。いつくと云ふ事悪し。能々工夫すべし。