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生財有大道。生之者眾,食之者寡,為之者疾,用之者舒,則財恒足矣。仁者以財發身,不仁者以身發財。未有上好仁而下不好義者也,未有好義其事不終者也,未有府庫財非其財者也。
新字:生財有大道。生之者衆,食之者寡,為之者疾,用之者舒,則財恒足矣。仁者以財発身,不仁者以身発財。未有上好仁而下不好義者也,未有好義其事不終者也,未有府庫財非其財者也。
書き下し
財を生ずるに大道有り。之を生ずる者衆(おお)くして、之を食らう者寡(すくな)く、之を為す者疾(と)くして、之を用いる者舒(ゆるや)かなれば、則ち財恒(つね)に足る。仁者は財を以て身を発(ひら)き、不仁者は身を以て財を発く。未だ上(かみ)仁を好んで下(しも)義を好まざる者は有らざるなり。未だ義を好んで其の事終えざる者は有らざるなり。未だ府庫(ふこ)の財其の財に非ざる者は有らざるなり。
現代語訳
富を生み出し経済を豊かにするには、大きな原則がある。生産する者を多くし、消費する(無為に食いつぶす)者を少なくすること。生産活動を勤勉に迅速に行い、消費を計画的にゆっくりと行うこと。この原則を守れば、国の財産は常に満ち足りる。思いやりのある仁者は、得た財産を世のため人のために惜しみなく使って、自分自身の人格を立派に輝かせる。仁を持たない悪人は、自分の身(人格や健康、さらには命)をすり減らしてでも、ただ財産を増やすことばかりに執着する。上に立つ者が思いやり(仁)を好んで実践しているのに、下の者が正義(義)を好まないなどということは絶対にない。下の者が正義を好んでいるのに、その仕事が最後まで立派に完遂されないなどということは絶対にない。そして、そのような信頼で結ばれた国においては、国庫にある財産が(民の略奪に遭うことなく)確実に国の財産として保たれないなどということは絶対にないのだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第一万(よろ)づの芸能も、武道奉公(ぶどうほうこう)の為にと心に構えてすれば、用に立ちてよきなり。多分(たぶん)芸好(げいずき)になるものなり。学問など就中(なかんずく)危(あや)うきなり。
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