智囊 / 制勝・狄青
儂智高反邕州,詔以青為宣撫使擊之,或言:「賊標牌不可當。」青曰:「標牌,步兵也,遇騎兵必不能施,願得西邊蕃落民自從。」或又言:「南方非騎兵所宜。」青曰:「蕃部善射,耐艱苦,上下山如平地,當瘴未發時,疾馳破之,必勝之道也。」及行,日不過一驛,所至州,輒休士一日。至潭州,遂立行伍,明約束,軍人有奪逆旅菜一把者,立斬以徇,於是一軍肅然。時智高還守邕州,青懼崑崙關險阨為所據,乃按兵不動,下令賓州具五日糧,休士卒。值上元節,令大張燈燭,首夜宴將佐,次夜宴從軍官,三夜饗軍校。首夜樂飲徹曉,次夜大風雨,二鼓時,青忽稱病,暫起如內,久之,使人諭孫沔,令暫主席行酒,少服藥乃出,數使勸勞座客,至曉,客未敢退。忽有馳報者,云:「夜時三鼓,元帥已奪崑崙關矣。」
新字:儂智高反邕州,詔以青為宣撫使撃之,或言:「賊標牌不可当。」青曰:「標牌,歩兵也,遇騎兵必不能施,願得西辺蕃落民自従。」或又言:「南方非騎兵所宜。」青曰:「蕃部善射,耐艱苦,上下山如平地,当瘴未発時,疾馳破之,必勝之道也。」及行,日不過一駅,所至州,輒休士一日。至潭州,遂立行伍,明約束,軍人有奪逆旅菜一把者,立斬以徇,於是一軍粛然。時智高還守邕州,青懼崑崙関険阨為所拠,乃按兵不動,下令賓州具五日糧,休士卒。値上元節,令大張灯燭,首夜宴将佐,次夜宴従軍官,三夜饗軍校。首夜楽飲徹暁,次夜大風雨,二鼓時,青忽称病,暫起如内,久之,使人諭孫沔,令暫主席行酒,少服薬乃出,数使勧労座客,至暁,客未敢退。忽有馳報者,云:「夜時三鼓,元帥已奪崑崙関矣。」
書き下し
儂智高、邕州に反す。詔して青を以て宣撫使と為し、之を撃たしむ。或いは言う、「賊の標牌は当たるべからず」と。青曰く、「標牌は歩兵なり。騎兵に遇わば必ず施す能わず。願わくは西辺の蕃落の民を得て自ら従わしめん」と。或いは又言う、「南方は騎兵の宜しき所に非ず」と。青曰く、「蕃部は射に善く、艱苦に耐え、山を上下すること平地の如し。瘴の未だ発せざるに当たり、疾く馳せて之を破るは、必勝の道なり」と。行くに及んで、日に一駅を過ぎず、至る所の州、輒ち士を休むること一日。潭州に至り、遂に行伍を立て、約束を明らかにし、軍人に旅の菜一把を奪う者有り、立ちどころに斬って以て徇す。是に於いて一軍粛然たり。時に智高還りて邕州を守る。青、崑崙関の険阨の為に据わらるるを懼れ、乃ち兵を按じて動かず、賓州に令して五日の糧を具え、士卒を休ましむ。上元節に値たり、大いに灯燭を張らしめ、首夜は将佐を宴し、次夜は従軍官を宴し、三夜は軍校を饗す。首夜は楽しく飲んで暁を徹す。次夜は大風雨にして、二鼓の時、青忽ち病と称して、暫く起って内に如く。久しくして、人をして孫沔に諭し、暫く席を主りて酒を行らしめ、少し薬を服して乃ち出ずと言わしむ。数々人をして座客を勧労せしむ。暁に至り、客未だ敢えて退かず。忽ち馳せ報ずる者有りて云う、「夜三鼓の時、元帥は已に崑崙関を奪えり」と。
現代語訳
儂智高が邕州で反乱を起こしました。詔により狄青を宣撫使に任じて討伐させました。ある人は言いました。「賊の標牌(盾)の部隊は手強い」。狄青は言いました。「標牌は歩兵だ。騎兵に遭えば役に立たない。西の辺境の蕃族の民を得て、自ら従わせたい」。また別の人が言いました。「南方は騎兵に向いていない」。狄青は言いました。「蕃族の部隊は弓が巧みで、苦労に耐え、山を上り下りするのも平地のようだ。瘴気が発生する前に、素早く駆けて破るのが必勝の道だ」。出発すると、一日に一つの宿駅以上は進まず、着いた州では必ず兵を一日休ませました。潭州に至ると、隊伍を整え、規則を明確にし、軍人に宿で野菜を一束奪った者がいたので、すぐに斬って見せしめにしました。これで全軍は引き締まりました。そのとき儂智高は戻って邕州を守っていました。狄青は崑崙関の険しい要害が敵に占拠されるのを恐れ、兵を抑えて動かず、賓州に命じて五日分の食糧を用意させ、兵を休ませました。ちょうど上元節(正月十五日)にあたり、大いに灯火を並べさせ、初日は将や副官たちを宴に招き、二日目は従軍の官吏を、三日目は下級の軍校を接待しました。初日は楽しく飲んで夜明けまで続きました。二日目は大風雨で、二更の頃、狄青は急に病気と称して、しばらく席を立って奥へ入りました。長いこと経って、人を遣わして孫沔に、しばらく席を取り仕切って酒を回してほしい、少し薬を飲んでから出る、と伝えさせました。しばしば人を遣わして客を労わせました。夜明けになっても、客はあえて退きませんでした。そこへ突然、馬を走らせて報告する者が来て言いました。「夜の三更に、元帥はすでに崑崙関を奪いました」。
解説
この章句が説くこと
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易経・師卦周易 第七卦。坎下坤上。易経。師は、貞なり、丈人なれば吉にして咎无し。初六、師出づるに律を以てす。否らざれば臧くとも凶。九二、師に在りて中す、吉にして咎无し。王三たび命を錫う。六三、師或いは尸を輿す、凶。六四、師左き次る、咎无し。六五、田に禽有り、言を執るに利ろし、咎无し。長子師を帥い、弟子尸を輿す、貞なれども凶。上六、大君命有り、国を開き家を承けしむ、小人は用うる勿かれ。彖に曰く、
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『韓非子』外儲説右上第三十四左右王の之を説ぶを引きて以て先づ客に告げ以て徳と為す。靖郭君の斉に相たるや、王后死す、未だ置く所を知らず、乃ち玉珥を献じて以て之を知る。一に曰く、薛公斉に相たり、斉の威王の夫人死す、中に十孺子有りて皆王に貴ばる、薛公王の立てんと欲する所を知りて一人を置きて以て夫人と為さんことを請はんと欲す。王之を聴かば、則ち是れ説王に行はれて、夫人を置くに重んぜらるるなり。王聴かざれば、是れ説行はれずして、夫人を置くに軽んぜらるるなり。先づ王の置かんと欲する所を知りて以て王に之を置くことを勧めんと欲し、是に於て十玉珥を為りて其の一を美にして之を献ず。王以て十孺子に賦す。明日坐して、美珥の在る所を視て王に勧めて以て夫人と為さしむ。甘茂秦の恵王に相たり、恵王公孫衍を愛し、之と間に言ふ所有り、曰く、「寡人将に子を相とせんとす」と。甘茂の吏穴に道りて之を聞き、以て甘茂に告ぐ。甘茂入りて王に見えて、曰く、「王賢相を得たり、臣敢て再拝して賀す」と。王曰く、「寡人国を子に託す、安んぞ更に賢相を得ん」と。対へて曰く、「将に犀首を相とせんとす」と。王曰く、「子安くにか之を聞く」と。対へて曰く、「犀首臣に告ぐ」と。王犀首の泄らすを怒り、乃ち之を逐ふ。一に曰く、犀首は、天下の善将なり、梁王の臣なり。秦王之を得て与に天下を治めんと欲す、犀首曰く、「衍は其れ人臣なる者なり、敢て主の国を離れず」と。居ること期年、犀首罪を梁王に抵し、逃れて秦に入る、秦王甚だ之を善くす。樗里疾は、秦の将なり、犀首の之に代はりて将たらんことを恐れ、穴を王の常に隠語する所に鑿つ。俄かにして王果たして犀首と計りて、曰く、「吾韓を攻めんと欲す、奚如」と。犀首曰く、「秋ならば可なり」と。王曰く、「吾国を以て子に累はさんと欲す、子必ず泄らす勿かれ」と。犀首反り走りて再拝して曰く、「命を受く」と。是に於て樗里疾や穴に道りて之を聴けり。郎中皆曰く、「兵秋に起こりて韓を攻め、犀首将たり」と。
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『韓非子』外儲説右上第三十四是の日に於てや、郎中尽く之を知る。是の月に於てや、境内尽く之を知る。王樗里疾を召して曰く、「是れ何ぞ匈匈たるや、何に道りて出づる」と。樗里疾曰く、「犀首に似たり」と。王曰く、「吾犀首と言ふ無きなり、其れ犀首は何ぞや」と。樗里疾曰く、「犀首や羈旅にして、新たに罪に抵す、其の心孤なり、是の言は自ら衆に嫁するなり」と。王曰く、「然り」と。人をして犀首を召さしむるに、已に諸侯に逃れたり。堂谿公昭侯に謂ひて曰く、「今千金の玉巵有り、通じて当無し、以て水を盛る可きか」と。昭侯曰く、「不可なり」と。「瓦器有りて漏れず、以て酒を盛る可きか」と。昭侯曰く、「可なり」と。対へて曰く、「夫れ瓦器は、至賤なり、漏れざれば、以て酒を盛る可し。千金の玉巵有りと雖も、至貴にして当無く、漏るれば、水を盛る可からず、則ち人孰か漿を注がんや。今人の主と為りて其の羣臣の語を漏らすは、是れ猶ほ当無きの玉巵のごときなり。聖智有りと雖も、其の術を尽くす莫きは、其の漏るるが為なり」と。昭侯曰く、「然り」と。昭侯堂谿公の言を聞き、此れより後、天下の大事を発せんと欲すれば、未だ嘗て独り寝ねずんばあらず、夢言して人をして其の謀を知らしむるを恐るるなり。一に曰く、堂谿公昭侯に見えて曰く、「今白玉の巵有りて当無く、瓦巵有りて当有り。君渇せば、将に何を以て飲まんとする」と。君曰く、「瓦巵を以てせん」と。堂谿公曰く、「白玉の巵美にして君以て飲まざる者は、其の当無きを以てか」と。君曰く、「然り」と。堂谿公曰く、「人主と為りて其の羣臣の語を漏泄するは、譬へば猶ほ玉巵の当無きがごとし」と。堂谿公見ゆる毎に出づれば、昭侯必ず独り臥す、惟だ夢言の妻妾に泄れんことを恐る。申子曰く、「独り視る者を明と謂ひ、独り聴く者を聡と謂ふ。
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易経・繋辞上「戸庭を出でず、咎无し。」子曰く、「乱の生ずる所は、則ち言語以て階(きざはし)と為る。君密ならざれば則ち臣を失い、臣密ならざれば則ち身を失い、幾事(きじ)密ならざれば則ち害成る。是を以て君子は慎密にして出ださざるなり」と。子曰く、「易を作る者は其れ盗を知れるか。易に曰く、負い且つ乗る、寇(あだ)の至るを致す、と。負うとは、小人の事なり。乗るとは、君子の器なり。小人にして君子の器に乗る、盗は之を奪わんと思う。上慢り下暴(あら)ければ、盗は之を伐たんと思う。蔵(おさ)むるに慢れば盗を誨(おし)え、容を冶(つく)れば淫を誨う。易に曰く、負い且つ乗る、寇の至るを致すとは、盗を招くなり」と。
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