智囊 / 制勝・朱雋
黃巾賊黨韓忠,以十萬人據宛,詔朱雋以八千人討之。雋張圉結壘,起土山以臨城內,鳴鼓攻其西南。賊悉眾赴西南,雋自將精兵五千掩其東北,乘城而入。忠乃退保子城,惶懼乞降。時司馬張超等議聽之,雋曰:「不可!今海內一統,獨黃巾造逆,納降徒長逆萌,非長計!」急攻之,不克。雋乃登土山望之,顧謂張超曰:「吾知之矣,賊外圍周固,乞降不受,欲出不得,所以死戰。不如撤圍,並兵入城,忠見圍解,勢必自出,出則意散,易破之道也。」即解圍,忠果出,因擊,大破之。
新字:黄巾賊党韓忠,以十万人拠宛,詔朱雋以八千人討之。雋張圉結塁,起土山以臨城内,鳴鼓攻其西南。賊悉衆赴西南,雋自将精兵五千掩其東北,乗城而入。忠乃退保子城,惶懼乞降。時司馬張超等議聴之,雋曰:「不可!今海内一統,独黄巾造逆,納降徒長逆萌,非長計!」急攻之,不克。雋乃登土山望之,顧謂張超曰:「吾知之矣,賊外囲周固,乞降不受,欲出不得,所以死戦。不如撤囲,並兵入城,忠見囲解,勢必自出,出則意散,易破之道也。」即解囲,忠果出,因撃,大破之。
書き下し
黄巾の賊党韓忠、十万人を以て宛に拠る。朱雋に詔して八千人を以て之を討たしむ。雋、囲みを張り塁を結び、土山を起こして以て城内に臨み、鼓を鳴らして其の西南を攻む。賊悉く衆を以て西南に赴く。雋自ら精兵五千を将いて其の東北を掩い、城に乗じて入る。忠乃ち退きて子城を保ち、惶懼して降を乞う。時に司馬張超ら議して之を聴さんとす。雋曰く、「不可なり。今海内一統にして、独り黄巾のみ逆を造す。降を納るるは徒だ逆の萌を長ずるのみ、長計に非ず」と。急に之を攻むるも克たず。雋乃ち土山に登りて之を望み、顧みて張超に謂いて曰く、「吾之を知れり。賊は外囲周固にして、降を乞えども受けられず、出でんと欲すれども得ず、死戦する所以なり。囲みを撤し、兵を並せて城に入るに如かず。忠は囲みの解くるを見ば、勢い必ず自ら出でん。出づれば則ち意散ず、破り易きの道なり」と。即ち囲みを解く。忠果たして出づ。因りて撃ち、大いに之を破る。
現代語訳
黄巾賊の仲間の韓忠が、十万人で宛城に拠っていました。朱雋に詔して八千人で討伐させました。朱雋は包囲陣を張り、塁を築き、土山を盛り上げて城内を見下ろし、太鼓を鳴らして城の西南を攻めました。賊は全員で西南に向かいました。朱雋は自ら精兵五千を率いて東北を襲い、城壁を越えて入りました。韓忠は退いて内城に立てこもり、恐れて降伏を乞いました。そのとき司馬の張超らは受け入れようと議論しました。朱雋は言いました。「いけない。今、天下は統一されていて、黄巾だけが反乱を起こしている。降伏を受け入れれば、反逆の芽を育てるだけで、長い目で見て良くない」。急いで攻めましたが、勝てませんでした。朱雋は土山に登って城を眺め、張超を振り返って言いました。「分かった。賊は外側の囲みが固く、降伏を乞うても受け入れられず、出ようとしても出られないので、死に物狂いで戦うのだ。囲みを解いて、兵を合わせて城に入るほうがよい。韓忠は囲みが解けたのを見れば、勢いで必ず自分から出てくる。出てくれば意気が散る。これが破りやすい道だ」。すぐに囲みを解きました。韓忠は果たして出てきました。そこで撃って、大いに破りました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』囲師孫子曰く「囲師は必ず闕く」と。何を以て之を明らかにせん。黄巾の賊韓忠、宛に拠る。朱儁・張超之を囲む。塁を結び土山を起こして以て城に臨み、因りて鼓を鳴らして其の西南を攻む。賊悉く衆もて之に赴く。乃ち其の東北を掩い、城に乗りて入る。忠退きて小城を保ち、降らんことを乞う。諸将之を聴かんと欲す。儁曰く「兵に形同じくして勢い異なる者有り。昔、秦・項の際、民に定主無し。故に附くを賞して以て来たるを勧むるのみ。今、海内一統し、惟だ黄巾のみ寇を造す。降るを納るるも以て善を勧むる無く、之を討つは以て悪を懲らすに足る。今若し之を受けば、更に逆意を開かん。賊は利あれば則ち進み戦い、鈍ければ則ち降らんことを乞う。敵を縦ち寇を長ずるは、良計に非ざるなり」と。因りて急に之を攻むるも、克たず。儁、土山に登り、顧みて張超に謂いて曰く「吾之を知れり。賊は今外囲周固にして、連営逼急なり。降らんことを乞うも受けられず、出でんと欲するも得ず。死戦する所以なり。万人一心なるも、猶お当たるべからず。況んや十万をや。其の害甚だし。囲みを徹し、兵を并せて城に入るに如かず。忠は囲みの解くるを見て、勢い必ず自ら出でん。出づれば則ち意散ず。破り易きの道なり」と。既にして囲みを解く。忠果たして出でて戦い、遂に忠等を破る。
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『智囊』詭道・朱雋・周亞夫黄巾の賊十万人、宛に拠る。朱雋、之を囲み、土山を起こして以て城内に臨み、鼓を鳴らして其の西南を攻む。賊悉く衆を挙げて西南に赴く。雋、自ら精兵五千を将い、東北を掩う。遂に城に乗じて入る。太尉周亜夫、呉・楚を撃つに、壁を堅くして戦わず。呉兵、糧に乏しく、数々挑むも、終に出でず。後、呉、壁の東南の隅に奔る。太尉、西北を備えしむ。已にして精兵、果たして西北に奔るも、入るを得ず。〔評〕二条を合わせ観れば、兵を用うるの変を識るべし。
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『智囊』詭道・韓世忠金人、劉豫と兵を合わせ、道を分かちて入侵す。時に韓世忠は鎮江に駐し、統制解元をして高郵を守り、金の歩卒を候たしむ。自ら騎兵を提げて大儀に駐し、敵騎に当たる。会々魏良臣を遣わして金に使いせしむ。世忠、炊爨を撤し、良臣を紿きて曰く、「詔有りて移屯して江を守る」と。良臣去るや、世忠即ち馬に上り、軍中に令して曰く、「吾が鞭の向かう所を視よ」と。是に於いて軍を引いて大儀に次し、五陣を勒し、伏を設くること二十余所、鼓を聞かば即ち起こるを約す。良臣、金に至る。孛堇、世忠の師の退くを聞き、即ち兵を引いて江口に至り、大儀を距つること五里。副将撻孛也、鉄騎を擁して五陣の東を過ぐ。世忠、小麾を伝えて鼓を鳴らせば、伏兵四方より起こり、旗の色は金人の旗と雑じり出で、金軍乱る。我が軍迭いに進み、背嵬軍各々長斧を持ち、上は人の胸を揕き、下は馬の足を砍る。敵は甲を披て泥淖に陥り、世忠、勁騎を麾きて之を蹂み、人馬俱に斃る。遂に撻孛也を擒にす。
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『智囊』制勝・韓世忠世忠、鎮江に駐し、金人は劉豫と兵を合わせ、道を分かちて入侵す。帝、手札して世忠に命じ、守備を飭え、進取を図らしむ。辞旨懇切なり。世忠遂に鎮江より師を渡り、統制解元をして高郵を守り、金の歩卒を候たしめ、自ら騎兵を提げて大儀に駐し、敵騎に当たる。木を伐りて柵を為り、自ら帰路を断つ。会々魏良臣を遣わして金に使いせしむるに、世忠炊爨を撤し、良臣を給きて、「詔有りて移屯して江を守る」と言う。良臣疾く馳せて去る。世忠、良臣の已に境を出でしを度り、而して馬に上りて軍中に令して曰く、「吾が鞭の向かう所を視よ」と。是に於いて軍を引いて大儀に至り、五陣を勒し、伏を設くること二十余所、鼓を聞かば即ち起って撃たんと約す。良臣金軍に至るに、金人王師の動息を問う。具さに見る所を以て対う。聶児孛堇、世忠の退くを聞き、喜ぶこと甚だし。兵を引いて江口に至り、大儀を距つること五里。別将の撻孛也、千騎を以て五陣の東を過ぐ。世忠小麾を伝え、鼓を鳴らす。伏兵四もに起こり、旗色は金人の旗と雑じり出づ。金軍乱れ、我が軍迭いに進む。背嵬軍各々長斧を持し、上は人の胸を揕き、下は馬足を斲る。敵は重甲を披り、泥淖に陥る。世忠勁騎を麾いて四面より蹂躪し、人馬倶に斃れ、遂に撻孛也らを擒にす。
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『智囊』不戰・韓世忠・程昱広西の賊曹成は衆を擁して郴、邵に在り。世忠は既に閩寇を平らげ、師を永嘉に旋らし、まさに休息に就かんとするが若し。忽ち処、信を由りて径ちに豫章に至り、営を江浜に連ぬること数十里。群賊はその至るを虞らず、大いに驚く。世忠は人を遣わしてこれを招き、成は遂に降り、戦士八万を得たり。程昱は鄄城を守り、兵は僅かに七百人。操は袁紹が黎陽に在りて将に南に渡らんとするを聞き、兵三千を以てこれに益さんと欲す。昱は肯んぜず、曰く、「袁紹は十万の衆を擁し、自ら向かう所前なしと以う。今、昱の兵少なきを見れば、必ず来たり攻めず。もし益すに兵を以てすれば、則ち必ず攻め、攻むれば則ち必ず克たん。」と。紹は果たして昱の兵少なきを以て、肯えて攻めず。操は賈詡に謂いて曰く、「程昱の胆は、賁、育に過ぐ。」と。〔評〕七百と三千とは、均しく十万の敵に非ず。而して兵を益すの名は、以て寇を招くに足る。昱の見は曹公に勝ること遠し。
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