長短経 / 先勝
青州黄巾衆百餘萬人東平、劉岱欲擊之。鮑永諫曰、“今賊衆百萬、百姓皆震恐、士卒無鬬志、不可敵也。觀賊衆、羣輩相隨、軍無輜重、唯以抄掠為資。今若畜士衆之力、先為固守、彼欲戰不得、攻則不能、其勢必離散。然後選精鋭、既據其要害、擊之、可破也。”岱不從、果為賊所敗。
新字:青州黄巾衆百余万人東平、劉岱欲撃之。鮑永諫曰、“今賊衆百万、百姓皆震恐、士卒無闘志、不可敵也。観賊衆、羣輩相随、軍無輜重、唯以抄掠為資。今若畜士衆之力、先為固守、彼欲戦不得、攻則不能、其勢必離散。然後選精鋭、既拠其要害、撃之、可破也。”岱不従、果為賊所敗。
書き下し
青州の黄巾の衆百余万人、東平に入る。劉岱之を撃たんと欲す。鮑信諫めて曰く「今、賊衆百万にして、百姓皆震恐し、士卒に闘志無し。敵すべからざるなり。賊衆を観るに、群輩相随い、軍に輜重無く、唯だ抄掠を以て資と為す。今若し士衆の力を畜え、先ず固守を為さば、彼戦わんと欲するも得ず、攻むるも則ち能わず、其の勢い必ず離散せん。然る後に精鋭を選び、既に其の要害に拠りて、之を撃たば、破るべきなり」と。岱従わず、果たして賊の敗る所と為る。
現代語訳
青州の黄巾賊百万余りが東平に入り、劉岱はこれを撃とうとした。鮑信は諫めた。「いま賊は百万人で、民は皆震え恐れ、兵には闘志がありません。敵対できません。賊の群れを見ると、仲間同士で連れ立っているだけで、軍に輜重がなく、略奪だけで食いつないでいます。いま兵の力を蓄えて、まず固く守れば、賊は戦おうとしても戦えず、攻めても落とせず、形勢として必ずばらばらに散っていきます。そのうえで精鋭を選び、要害に拠って撃てば、破れます」。劉岱は従わず、果たして賊に敗れた。
解説
百万の黄巾賊を前に、鮑信は正面から戦うなと諫めました。賊は数こそ多いが、補給がなく略奪だけで食いつないでいる。こちらが固く守って略奪の機会を与えなければ、賊は食べるものがなくなって自然に散っていく。その後で精鋭を使えば破れる。劉岱は数に怯えたのか焦ったのか、打って出て敗れました。規模の大きな相手でも、その持続を支えるものが脆ければ、戦わずに崩れるのを待てるのです。
この章句が説くこと
先勝鮑信劉岱黄巾持続力固守
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