智囊 / 制勝・周訪
賊帥杜曾屢敗官軍,威震江、沔,元帝命周訪擊之。訪有眾八千,進至沔陽,曾等銳氣甚盛。訪曰:「先入有奪人之心,軍之善謀也。」使將軍李常督左甄,許朝督右甄,訪自領中軍,高張旗幟。曾果畏訪,先攻左右甄。曾勇冠三軍,訪甚惡之,自於陣後射雉,以安眾心,令其眾曰:「一甄敗,鳴三鼓,兩甄敗,鳴六鼓。」趙胤兵屬左甄,力戰,敗而複合,胤馳馬告訪,訪怒叱,令更進,胤號哭復戰,自旦至申,兩甄皆敗,訪聞鼓音,選精銳八百人,自行酒飲之,敕不得妄動,聞鼓響乃進,賊未至三十步,訪親鳴鼓,將士皆騰躍奔赴,曾遂大潰,殺千餘人。訪夜追之,諸將請待明日,訪曰:「曾驍勇善戰,向之敗也,彼勞我逸,是以克之,宜及其衰,乘之可滅。」鼓行而進,遂定漢、沔。曾等走固武當,訪出不意,又擊破之,獲曾。〔評〕先委之以兩甄,以敝其力,以驕其氣。卒然乘之,乃可奏功。然兵非素有節制,兩甄先不為盡力矣。
新字:賊帥杜曽屡敗官軍,威震江、沔,元帝命周訪撃之。訪有衆八千,進至沔陽,曽等鋭気甚盛。訪曰:「先入有奪人之心,軍之善謀也。」使将軍李常督左甄,許朝督右甄,訪自領中軍,高張旗幟。曽果畏訪,先攻左右甄。曽勇冠三軍,訪甚悪之,自於陣後射雉,以安衆心,令其衆曰:「一甄敗,鳴三鼓,両甄敗,鳴六鼓。」趙胤兵属左甄,力戦,敗而複合,胤馳馬告訪,訪怒叱,令更進,胤号哭復戦,自旦至申,両甄皆敗,訪聞鼓音,選精鋭八百人,自行酒飲之,勅不得妄動,聞鼓響乃進,賊未至三十歩,訪親鳴鼓,将士皆騰躍奔赴,曽遂大潰,殺千余人。訪夜追之,諸将請待明日,訪曰:「曽驍勇善戦,向之敗也,彼労我逸,是以克之,宜及其衰,乗之可滅。」鼓行而進,遂定漢、沔。曽等走固武当,訪出不意,又撃破之,獲曽。〔評〕先委之以両甄,以敝其力,以驕其気。卒然乗之,乃可奏功。然兵非素有節制,両甄先不為尽力矣。
書き下し
賊帥杜曾しばしば官軍を敗り、威は江・沔に震う。元帝周訪に命じて之を撃たしむ。訪に衆八千有り、進みて沔陽に至る。曾ら鋭気甚だ盛んなり。訪曰く、「先んずれば人の心を奪う有り、軍の善謀なり」と。将軍李常をして左甄を督せしめ、許朝をして右甄を督せしめ、訪自ら中軍を領し、高く旗幟を張る。曾果たして訪を畏れ、先ず左右の甄を攻む。曾の勇は三軍に冠たり、訪甚だ之を悪み、自ら陣後に於いて雉を射、以て衆心を安んず。其の衆に令して曰く、「一甄敗れなば三鼓を鳴らし、両甄敗れなば六鼓を鳴らせ」と。趙胤の兵左甄に属し、力戦して、敗れて複た合す。胤馬を馳せて訪に告ぐるに、訪怒り叱りて、更に進ましむ。胤号哭して復た戦い、旦より申に至り、両甄皆敗る。訪鼓音を聞き、精鋭八百人を選び、自ら酒を行りて之に飲ましめ、妄りに動くを得ざらしめ、鼓響を聞かば乃ち進めと敕す。賊未だ三十歩に至らざるに、訪親ら鼓を鳴らし、将士皆騰躍して奔赴す。曾遂に大潰し、千余人を殺す。訪夜に之を追う。諸将明日を待たんことを請う。訪曰く、「曾は驍勇にして戦に善し。向の敗るるは、彼は労し我は逸なる、是を以て之に克てり。宜しく其の衰うるに及んで之に乗ずれば滅ぼすべし」と。鼓行して進み、遂に漢・沔を定む。曾ら走りて武当に固まるも、訪不意に出でて又之を撃破し、曾を獲たり。〔評〕先ず之を両甄に委ねて、以て其の力を敝し、以て其の気を驕らす。卒然として之に乗じて、乃ち功を奏すべし。然れども兵に素より節制有るに非ざれば、両甄は先ず力を尽くさざりしならん。
現代語訳
賊の頭目杜曾はたびたび官軍を破り、威勢は長江・沔水一帯に響いていました。元帝は周訪に討伐を命じました。周訪は八千の兵を率いて沔陽まで進みましたが、杜曾らの意気は非常に盛んでした。訪は言いました。「先に動けば相手の気勢を奪える。これは軍の良い策だ」。そこで将軍の李常に左の部隊を、許朝に右の部隊を指揮させ、自分は中軍を率いて旗を高く掲げました。杜曾は果たして訪を恐れ、まず左右の部隊を攻めました。杜曾の勇ましさは全軍で一番で、訪はこれを大いに警戒し、自ら陣の後ろで雉を射て、兵の動揺を鎮めました。そして命じました。「一方の部隊が敗れたら太鼓を三度、両方が敗れたら六度鳴らせ」。趙胤の兵は左の部隊に属し、力戦して敗れてはまた立て直しました。胤は馬を走らせて訪に報告しましたが、訪は怒って叱り、さらに進ませました。胤は泣き叫びながらまた戦い、朝から夕方まで続けて、両部隊とも敗れました。訪は太鼓の音を聞くと、精鋭八百人を選び、自ら酒を注いで飲ませ、むやみに動くなと命じ、太鼓が響いたら進めと言い渡しました。賊がまだ三十歩のところまで来ないうちに、訪が自ら太鼓を打つと、将兵は皆躍り上がって突き進みました。杜曾はついに総崩れとなり、千人あまりが斬られました。訪は夜になっても追撃しました。諸将は翌日にと願いましたが、訪は言いました。「杜曾は勇敢で戦上手だ。先ほど敗れたのは、向こうが疲れ、こちらが休んでいたからだ。衰えたところに乗じれば滅ぼせる」。太鼓を打って進軍し、ついに漢水・沔水の一帯を平定しました。杜曾らは武当へ逃げて立てこもりましたが、訪は思いがけない所から出てまたこれを破り、杜曾を捕らえました。〔評〕まず二つの部隊に任せて敵の力を使い果たさせ、その気を驕らせ、そこへ不意に乗じてこそ功を挙げられます。ただし軍に日頃から統制がなければ、二つの部隊はまず力を出し切れなかったでしょう。
解説
この章句が説くこと
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尉繚子・兵教下今戦国相攻め、大いに有徳を伐つ。伍よりして両、両よりして師、其の令を一にせず、率ね民心をして定まらざらしめ、徒らに驕侈を尚び、謀患辨訟し、吏其の事を究め、累ねて且に敗れんとす。日暮れ路遠く、還るに剉気有り、師老い将貪り、争掠して敗れ易し。凡そ将軽く、塁卑く、衆動けば、攻むべきなり。将重く、塁高く、衆懼るれば、囲むべきなり。凡そ囲むには必ず其の小利を開き、漸く夷弱ならしむれば、則ち節吝して食はざる者有り。衆夜撃つ者は、驚くなり。衆事を避くる者は、離るるなり。人の救を待ち、戦を期して蹙まるは、皆心失はれて気傷るるなり。気を傷れば軍を敗り、曲謀は国を敗る。
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