智囊 / 不戰・岳忠武
其御軍嚴而有恩,卒有取民麻一縷以束芻者,立斬以徇。卒夜宿,民開門願納,無敢入者。軍雖凍死不拆屋,餓死不鹵掠。卒有疾,則親為調藥;諸將遠戍,則遣妻問勞其家;死事者,哭之而育其孤,或以子婚其女;凡有頒賞,分給軍吏,秋毫不私;每有功,必歸之將士。吁!此則其制勝之本也。近日將官事事與忠武反,欲功成,得乎?
新字:其御軍厳而有恩,卒有取民麻一縷以束芻者,立斬以徇。卒夜宿,民開門願納,無敢入者。軍雖凍死不拆屋,餓死不鹵掠。卒有疾,則親為調薬;諸将遠戍,則遣妻問労其家;死事者,哭之而育其孤,或以子婚其女;凡有頒賞,分給軍吏,秋毫不私;毎有功,必帰之将士。吁!此則其制勝之本也。近日将官事事与忠武反,欲功成,得乎?
書き下し
その軍を御すること、厳にして恩あり。卒の民の麻一縷を取りて以て芻を束ぬる者あれば、立ちどころに斬りて以て徇う。卒、夜宿するに、民、門を開きて納れんと願うも、敢えて入る者なし。軍は凍死すとも屋を拆かず、餓死すとも鹵掠せず。卒に疾あれば、則ち親ら為に薬を調え、諸将の遠く戍る者には、則ち妻を遣わして其の家を問い労わしむ。死事の者は、これを哭して其の孤を育て、あるいは子を以て其の女に婚せしむ。凡そ頒賞あれば、軍吏に分給して、秋毫も私せず。功あるごとに、必ず将士に帰す。ああ、これ則ち其の勝ちを制するの本なり。近日の将官は事々忠武と反す。功成らんと欲するも、得べけんや。
現代語訳
岳飛は軍を統率するのに、厳しくも恩があった。兵が民の麻糸一本を取って馬草を束ねただけでも、すぐに斬って見せしめにした。兵が夜に宿営するとき、民が門を開いて受け入れようとしても、あえて入る者はいなかった。軍は凍え死んでも民家を壊して暖を取らず、飢え死にしても略奪しなかった。兵が病気になれば、自ら薬を調合し、遠くに駐屯する将には、妻を遣わしてその家を見舞わせた。殉職した者のためには涙を流してその遺児を育て、あるいは自分の子とその娘を結婚させた。恩賞を与えるときは、すべて軍吏に分け与えて、毛ほども私物化せず、手柄があるたびに、必ず将兵のものとした。ああ、これこそが勝ちを制する根本である。近ごろの将官は何事も岳忠武とは逆である。それで手柄を立てようとしても、できるはずがない。
解説
この章句が説くこと
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史記 匈奴列伝東胡初め冒頓を軽んじ、備へを為さず。冒頓兵を以て至り、撃つに及びて、大いに東胡王を破滅し、而して其の民人及び畜産を虜にす。既に帰りて、西のかた月氏を撃ち走らせ、南のかた楼煩・白羊の河南王を并す。燕代を侵し、悉く復た秦の蒙恬をして匈奴より奪はしめし所の地を収め、漢と故の河南の塞を関とし、朝那・膚施に至り、遂に燕・代を侵す。是の時漢の兵項羽と相距ぎ、中国兵革に罷る。故を以て冒頓自ら彊くするを得、控弦の士三十余万。淳維より以て頭曼に至るまで千有余歳、時に大きく時に小さく、別散分離すること、尚し。其の世伝得て次すべからずと云ふ。然れども冒頓に至りて匈奴最も彊大にして、尽く北夷を服従せしめ、而して南のかた中国と敵国と為る。其の世伝国官の号乃ち得て記すべしと云ふ。左右の賢王、左右の谷蠡王、左右の大将、左右の大都尉、左右の大当戸、左右の骨都侯を置く。匈奴は賢を謂ひて「屠耆」と曰ふ。故に常に太子を以て左屠耆王と為す。左右の賢王より以下当戸に至るまで、大なる者は万騎、小なる者は数千、凡そ二十四長、号を立てて「万騎」と曰ふ。諸大臣は皆世官なり。呼衍氏、蘭氏、其の後に須卜氏有り。此の三姓は其の貴種なり。諸々の左方の王将は東方に居り、上谷に直りて以往なる者は、東のかた穢貉・朝鮮に接す。右方の王将は西方に居り、上郡に直りて以西は、月氏・氐・羌に接す。而して単于の庭は代・雲中に直る。各々分地有り、水草を逐ひて移徙す。而して左右の賢王・左右の谷蠡王最も大為り。左右の骨都侯政を輔く。諸々の二十四長も亦各々自ら千長・百長・什長・裨小王・相・封都尉・当戸・且渠の属を置く。歳の正月、諸長小しく単于の庭に会し、祠る。
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『政談』江戶町中並に武家屋敷の締りの事総して武家屋敷も元来一組を一町に置たることなり、大御番十二組にて番町一番町より六番町まで各々表裏これあり、古は飯田町の上に土手これあるなり、御番衆に与力同心も元来一組一町にあつまり居たることなり、されども役ぬけ御番入り小ぶしん入りより混乱し、特に権威ある人屋敷をえり取りにする故此の法乱れ、今は同組所々に分れ居るやうになりたるなり、これによりて別御役別組の人となりと成り、武家の人から内証の事知るべきやうなし、一町の内のことは家内の微細なることまで何事も知れざることは悪しき事なり、微細に知るれども他役他組の人なれば、一屋敷の面々こうにて、武家ことのほかに我まゝになり、諸事とりしまりなく、埓もなくなりたること、これによりてなり、ことにかろき同心のたくひの一組のうちをひきわけて牛込本郷離れ〳〵にさし置くこと、そのもの平生何をするかも同組も知らぬことにて吟味すべきやうなし、願ふ所は古法の通り御番衆も与力同心も一くみを一所に置き、その頭をも一所に置き、役入り番入り等のとき入り替るやうにするときは、組下の人抦も何も委細に知るゝことにて、盗賊奉行などの下の悪事を知ぬやうなることは決してなきことなり、
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