学問のすゝめ / 四編・学者の職分を論ず・これを散ずれば明なりこれを集むれば暗なり
私にありては智なり、官にありては愚なり。これを散ずれば明なり、これを集むれば暗なり。政府は衆智者の集まるところにして一愚人の事を行なうものと言うべし。豈怪しまざるを得んや。畢竟その然る所以はかの気風なるものに制せられて、人々みずから一個の働きを逞しゅうすること能わざるによりて致すところならんか。維新以来、政府にて学術、法律、商売等の道を興さんとして効験なきも、その病の原因はけだしここにあるなり。しかるにいま一時の術を用いて下民を御しその知徳の進むを待つとは、威をもって人を文明に強ゆるものか、しからざれば欺きて善に帰せしむるの策なるべし。政府威を用うれば人民は偽をもってこれに応ぜん、政府欺を用うれば人民は容を作りてこれに従わんのみ。これを上策と言うべからず。たといその策は巧みなるも、文明の事実に施して益なかるべし。ゆえにいわく、世の文明を進むるにはただ政府の力のみに依頼すべからざるなり。
書き下し
私にありては智なり、官にありては愚なり。これを散ずれば明なり、これを集むれば暗なり。政府は衆智者の集まるところにして、一愚人の事を行なうものと言うべし。あに怪しまざるを得んや。畢竟その然る所以は、かの気風なるものに制せられて、人々みずから一個の働きを逞しゅうすること能わざるによりて致すところならんか。維新以来、政府にて学術、法律、商売等の道を興さんとして効験なきも、その病の原因はけだしここにあるなり。しかるにいま一時の術を用いて下民を御し、その知徳の進むを待つとは、威をもって人を文明に強ゆるものか、しからざれば欺きて善に帰せしむるの策なるべし。政府威を用うれば人民は偽をもってこれに応ぜん、政府欺を用うれば人民は容を作りてこれに従わんのみ。これを上策と言うべからず。たといその策は巧みなるも、文明の事実に施して益なかるべし。ゆえにいわく、世の文明を進むるには、ただ政府の力のみに依頼すべからざるなり。
現代語訳
私的な場では智者であり、官にあっては愚か者になる。これを散らせば明るく、これを集めれば暗くなる。政府は多くの智者が集まるところでありながら、一人の愚か者のすることを行うものと言うべきです。不思議に思わずにいられましょうか。結局そうなる理由は、あの気風というものに抑えられて、人々が自分一個の働きを存分に発揮できないことによるのでしょう。維新以来、政府が学術や法律や商売の道を興そうとして効果がないのも、その病の原因はここにあります。ところが今、一時の術を用いて下の民を御し、その知徳が進むのを待つというのは、威によって人を文明に強いるものか、そうでなければ欺いて善に向かわせる策でしょう。政府が威を用いれば人民は偽りで応じ、政府が欺きを用いれば人民は形を作って従うだけです。これを上策とは言えません。たとえその策が巧みでも、文明の事実に施して益はないでしょう。ですから言います。世の文明を進めるには、ただ政府の力だけに頼ってはならないのです。
解説
この章句が説くこと
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