智囊 / 善言・吳山
〔評〕今日「節義」、「孝順」諸旌典,只有士大夫之家,可隨求隨得;其次則富家,猶間可力營致之。匹夫匹婦絕望矣!若存吳宗伯之說,使士大夫還而自思,所以救旌異其親者,反以薄待其親。庶乎干進之路稍絕,而富家營求之餘,或可波及單賤,世風稍有振乎!推之「名宦」、「鄉賢」,莫不皆然。名宦載在祭統,非有大功德及民者不祀,鄉賢則須有三不朽之業。若尋常好官好人,分內之事,何以祠為?又推之「鄉飲」亦然。鄉飲須年高有德望者,乃可以表帥一鄉。今封公無不大賓者,而介必以賄得,國家尊老禮賢之典,止以供人腹誹而已,此皆吳宗伯所笑也!
新字:〔評〕今日「節義」、「孝順」諸旌典,只有士大夫之家,可随求随得;其次則富家,猶間可力営致之。匹夫匹婦絶望矣!若存呉宗伯之説,使士大夫還而自思,所以救旌異其親者,反以薄待其親。庶乎干進之路稍絶,而富家営求之余,或可波及単賤,世風稍有振乎!推之「名宦」、「郷賢」,莫不皆然。名宦載在祭統,非有大功徳及民者不祀,郷賢則須有三不朽之業。若尋常好官好人,分内之事,何以祠為?又推之「郷飲」亦然。郷飲須年高有徳望者,乃可以表帥一郷。今封公無不大賓者,而介必以賄得,国家尊老礼賢之典,止以供人腹誹而已,此皆呉宗伯所笑也!
書き下し
〔評〕今日の「節義」「孝順」の諸旌典は、只だ士大夫の家のみ、求むるに随いて得べし。其の次は則ち富家、猶お間に力めて之を営致すべし。匹夫匹婦は絶望なり。若し呉宗伯の説を存し、士大夫をして還りて自ら思わしめば、其の旌異を救う所以にて其の親を厚くする者、反って以て其の親を薄待するなり。庶わくは干進の路稍く絶え、富家営求の余り、或いは単賤に波及して、世風稍く振わんか。推して「名宦」「郷賢」も、皆然らざる莫し。名宦は祭統に載す、大功徳の民に及ぶ者に非ざれば祀らず。郷賢は則ち三不朽の業有るを須つ。尋常の好官好人の若きは、分内の事なり、何を以て祠らんや。又た推して「郷飲」も亦た然り。郷飲は年高く徳望有る者にして、乃ち以て一郷を表帥すべし。今封公に大賓ならざる無く、而して介は必ず賄を以て得、国家の尊老礼賢の典は、止だ以て人の腹誹に供するのみ。此れ皆な呉宗伯の笑う所なり。
現代語訳
〔評〕今日の「節義」「孝順」などの表彰は、士大夫の家だけが、求めればそのまま得られる。次いで富豪の家は、なお時には力を尽くして手に入れられる。庶民の男女には望みがない。もし呉宗伯の説が残り、士大夫が立ち返って自ら思うようになれば、親の表彰を求めて救おうとする者が、かえって親を軽んじることになる、と分かるだろう。ここの文は字句が乱れており、文意が確かでない。願わくは、栄達を求める道が少し絶え、富豪の工作の余波が、あるいは身分の低い者にも及んで、世の風俗が少しは振るってほしい。推し広げれば「名宦」や「郷賢」もみな同じである。名宦は祭祀の規定に載り、大きな功徳が民に及んだ者でなければ祀らない。郷賢は、三不朽の業績がなければならない。普通の良い官吏や良い人は、本分のことをしたまでであり、どうして祠に祀るのか。さらに推せば「郷飲」もそうである。郷飲の礼は、年高く徳望ある者が、一郷の模範となるためのものだ。今では封公は誰もが大賓となり、介の賓は必ず賄賂で得られ、国家の老人を尊び賢者を礼遇する大典は、人々の心中の非難の種になるだけである。これはみな呉宗伯が笑うところである。
解説
この章句が説くこと
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