智囊 / 善言・吳山
丹徒靳文僖貴之繼夫人,年未三十而寡,有司為之奏請旌典,事下禮部,而儀曹郎與靳有姻女連,因力為之地。禮部尚書吳山曰:「凡義夫節婦,孝之順孫諸旌典,為匹夫匹婦發潛德之光,以風世耳。若士大夫,何人不當為節義孝順者!靳夫人既生受殊封,奈何與匹夫爭寵靈乎?」會赴直入西苑,與大學士徐階遇。階亦以為言,山正色曰:「相公亦慮閣老夫人再醮耶?」階語塞而止。
新字:丹徒靳文僖貴之継夫人,年未三十而寡,有司為之奏請旌典,事下礼部,而儀曹郎与靳有姻女連,因力為之地。礼部尚書呉山曰:「凡義夫節婦,孝之順孫諸旌典,為匹夫匹婦発潜徳之光,以風世耳。若士大夫,何人不当為節義孝順者!靳夫人既生受殊封,奈何与匹夫争寵霊乎?」会赴直入西苑,与大学士徐階遇。階亦以為言,山正色曰:「相公亦慮閣老夫人再醮耶?」階語塞而止。
書き下し
丹徒の靳文僖貴の継夫人、年未だ三十ならずして寡となり、有司之が為に旌典を奏請す。事は礼部に下る。而るに儀曹郎は靳と姻女の連なる有り、因りて力めて之が地を為す。礼部尚書呉山曰く、「凡そ義夫・節婦・孝子・順孫の諸旌典は、匹夫匹婦の為に潜徳の光を発し、以て世を風するのみ。士大夫の若きは、何人か節義孝順為るべからざる者あらん。靳夫人は既に生きながら殊封を受く、奈何ぞ匹夫と寵霊を争わんや」と。会たま直に赴き西苑に入り、大学士徐階と遇う。階も亦た以て言を為す。山正色して曰く、「相公も亦た閣老夫人の再醮を慮るか」と。階語塞がりて止む。
現代語訳
丹徒の靳貴、諡は文僖の後妻は、年三十にならないうちに夫を亡くし、役人が彼女のために表彰を奏請した。件は礼部に下された。ところが儀曹郎は靳家と姻戚関係があり、そのため力を尽くして便宜を図った。礼部尚書の呉山は言った。「義夫・節婦・孝子・順孫などの表彰は、庶民の埋もれた徳を光らせ、世の風俗を正すためのものにすぎません。士大夫であれば、誰が節義孝順を行わずにいられましょうか。靳夫人はすでに存命のうちに特別な封号を受けています。どうして庶民と栄誉を争うのでしょうか」。たまたま当直で西苑に入ったとき、大学士の徐階と出会った。階もまたこのことを口にした。呉山は表情を正して言った。「閣下は、閣老の奥方が再婚されることも心配しておられるのですか」。階は言葉に詰まって、それ以上言わなかった。
解説
この章句が説くこと
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