智囊 / 善言・宗澤
宗汝霖澤政和初知萊州掖縣時,戶部著提舉司科買牛黃,以供在京惠民和劑局合藥用,督責急如星火。州縣百姓競屠牛以取黃。既不登所科之數,則相與斂錢以賂吏胥祈免。汝霖獨以狀申提舉司,言「牛遇歲疫則多病有黃,今太平日久,和氣充塞,縣境牛皆充腯,無黃可取。」使者不能詰,一縣獲免,無不歡戴。
新字:宗汝霖沢政和初知萊州掖県時,戸部著提舉司科買牛黄,以供在京恵民和剤局合薬用,督責急如星火。州県百姓競屠牛以取黄。既不登所科之数,則相与斂銭以賂吏胥祈免。汝霖独以状申提舉司,言「牛遇歳疫則多病有黄,今太平日久,和気充塞,県境牛皆充腯,無黄可取。」使者不能詰,一県獲免,無不歓戴。
書き下し
宗汝霖澤、政和の初め萊州掖県に知たり。戸部提挙司に著して牛黄を科買せしめ、以て在京の恵民和剤局の合薬に供す、督責急なること星火の如し。州県の百姓競いて牛を屠りて以て黄を取る。既に科する所の数を登せざれば、則ち相い与に銭を斂めて吏胥に賂い免れんことを祈る。汝霖独り状を以て提挙司に申し、言う、「牛は歳の疫に遇えば則ち病多くして黄有り。今太平日久しく、和気充塞し、県境の牛皆な充腯し、黄の取るべき無し」と。使者詰る能わず、一県免るるを獲、歓戴せざる無し。
現代語訳
宗沢、字は汝霖は、政和の初め、萊州掖県の知県であった。戸部は提挙司に命じて牛黄を割り当てて買い上げさせ、都の恵民和剤局での調剤に供しようとし、督促は火急のごとく厳しかった。州県の民は競って牛を殺して牛黄を取った。割り当てられた数に達しないと、皆で金を集めて役人に賄賂を贈り、免れることを願った。汝霖だけは文書で提挙司に申し立てた。「牛は疫病の流行する年に病気が多くなり、牛黄ができます。今は太平が久しく続き、和らいだ気が満ちており、県内の牛はみな太って健康で、取れる牛黄がありません」。使者は反論できず、一県は免れることができ、人々は喜んで彼を戴いた。
解説
この章句が説くこと
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