智囊 / 應卒・周忱
正統中,彩繪宮殿,計用牛胶萬餘斤,遣官敕江南上供甚急。時巡撫周忱以議事赴京,遇諸途,敕使請公還治,公曰:「第行,自有處置。」至京,言「京庫所貯牛皮,歲久朽腐,請出煎胶應用。俟歸,市皮還庫,以新易舊,兩得便利。」王振欣然從之。時邊事緊急,工部移文,索造盔甲、腰刀數百萬,其盔俱要水磨。公取所積餘米,依數成造,且計水磨明盔非歲月不可,暫令擺錫,旬日而辦。
新字:正統中,彩絵宮殿,計用牛胶万余斤,遣官勅江南上供甚急。時巡撫周忱以議事赴京,遇諸途,勅使請公還治,公曰:「第行,自有処置。」至京,言「京庫所貯牛皮,歳久朽腐,請出煎胶応用。俟帰,市皮還庫,以新易旧,両得便利。」王振欣然従之。時辺事緊急,工部移文,索造盔甲、腰刀数百万,其盔倶要水磨。公取所積余米,依数成造,且計水磨明盔非歳月不可,暫令擺錫,旬日而辦。
書き下し
正統中、宮殿を彩繪するに、牛膠万余斤を用いんと計り、官を遣わして江南に勅し、上供せしむること甚だ急なり。時に巡撫周忱、議事を以て京に赴き、途に諸に遇う。敕使、公の還りて治めんことを請う。公曰く、「ただ行け、自ずから処置有らん」と。京に至り、言う、「京庫に貯うる所の牛皮、歳久しくして朽腐す。請う、出して膠を煎じて用に応ぜしめん。帰るを俟ちて、皮を市いて庫に還し、新を以て旧に易えば、両つながら便利を得ん」と。王振欣然としてこれに従う。時に辺事緊急にして、工部、文を移し、盔甲・腰刀数百万を造るを索め、その盔は俱に水磨を要す。公、積む所の余米を取り、数に依りて成造し、かつ水磨の明盔は歳月に非ざれば不可なるを計り、暫く擺錫せしめ、旬日にして弁ず。
現代語訳
正統年間、宮殿に彩色を施すために牛膠を一万斤余り必要とし、役人を派遣して江南に命じ、急いで上納させた。そのころ巡撫の周忱は会議のために都へ向かっており、途中で使者に出会った。使者は周公に引き返して江南に戻るよう頼んだが、周公は言った。「ただ行きなさい、自ずから処置する。」都に着くと、周公は言った。「都の倉庫に保管している牛皮は、年月が経って腐りかけています。出して膠に煮て使いましょう。帰ってから皮を買い入れて倉庫に戻せば、古いものを新しいものに替えることになり、両方に都合がよいでしょう。」王振は喜んでこれに従った。そのころ辺境の事態が緊迫し、工部は書状を回して、兜や鎧、腰刀を数百万も作るよう求め、その兜はすべて水磨きを要求された。周公は蓄えていた余りの米を取り出して数どおり作らせ、水磨きの明るい兜は年月がかかるので、とりあえず錫を塗らせて、十日で完成させた。
解説
この章句が説くこと
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