智囊 / 善言・馮京・邵雍
王定國素為馮當世所知,而荊公絕不樂之。一日,當世力薦於神祖,荊公即曰:「此孺子耳。」當世忿曰:「王鞏戊子生,安得謂之孺子!」蓋鞏之生與同天節同日也,荊公愕然,不覺退立。司馬公一日見康節曰:「明日僧顒修開堂說法。富公、呂晦叔欲偕往聽之,晦叔貪佛,已不可勸;富公果往,於理未便。某後進,不敢言,先生曷止之?」康節唯唯。明日康節往見富公,曰:「聞上欲用裴晉公禮起公。」公笑曰:「先生謂某衰病能起否?」康節曰:「固也,或人言『上命公,公不起;僧開堂,公即出』,無乃不可乎?」公驚曰:「某未之思也!」
新字:王定国素為馮当世所知,而荊公絶不楽之。一日,当世力薦於神祖,荊公即曰:「此孺子耳。」当世忿曰:「王鞏戊子生,安得謂之孺子!」蓋鞏之生与同天節同日也,荊公愕然,不覚退立。司馬公一日見康節曰:「明日僧顒修開堂説法。富公、呂晦叔欲偕往聴之,晦叔貪仏,已不可勧;富公果往,於理未便。某後進,不敢言,先生曷止之?」康節唯唯。明日康節往見富公,曰:「聞上欲用裴晋公礼起公。」公笑曰:「先生謂某衰病能起否?」康節曰:「固也,或人言『上命公,公不起;僧開堂,公即出』,無乃不可乎?」公驚曰:「某未之思也!」
書き下し
王定国は素より馮当世に知らる、而れども荊公絶えて之を楽しまず。一日当世力めて神祖に薦む。荊公即ち曰く、「此れ孺子のみ」と。当世忿りて曰く、「王鞏は戊子の生まれ、安んぞ之を孺子と謂うを得んや」と。蓋し鞏の生まるるは同天節と同日なり。荊公愕然とし、覚えず退き立つ。司馬公一日康節に見えて曰く、「明日僧顒修開堂説法す。富公・呂晦叔偕に往きて之を聴かんと欲す。晦叔は仏を貪る、已に勧むべからず。富公果して往かば、理に於いて未だ便ならず。某は後進にして、敢えて言わず。先生曷ぞ之を止めざる」と。康節唯唯す。明日康節往きて富公に見えて曰く、「聞く上は裴晋公の礼を用いて公を起こさんと欲すと」と。公笑いて曰く、「先生某が衰病にして能く起つと謂うか」と。康節曰く、「固よりなり。或る人言う『上、公に命ずるに、公起たず、僧開堂するに、公即ち出づ』と。無乃不可ならんか」と。公驚きて曰く、「某未だ之を思わざりき」と。
現代語訳
王定国はもとより馮当世に知られていたが、荊公は全く彼を好まなかった。ある日、当世は力を込めて神宗に推薦した。荊公はすぐに言った。「これは小僧にすぎません」。当世は怒って言った。「王鞏は戊子の生まれです。どうして小僧と呼べましょう」。思うに、鞏の生まれた日は、同天節、つまり帝の誕生日と同じだった。荊公は愕然とし、思わず後ずさって立った。司馬公はある日、康節(邵雍)に会って言った。「明日、僧の顒修が開堂して説法をします。富公と呂晦叔が連れ立って聴きに行こうとしています。晦叔は仏に傾倒していて、もう勧められません。富公がもし行くとなれば、筋としてよくありません。私は後輩ですので、申し上げることができません。先生、どうか止めていただけませんか」。康節は「はいはい」と答えた。翌日、康節は富公を訪ねて言った。「聞くところ、陛下は裴晋公の礼を用いて公を起用なさろうとしているとか」。富公は笑って言った。「先生は、私のような老いて病んだ者が起てると思うか」。康節は言った。「もちろんです。ただ、ある人がこう言っております。『陛下が公にお命じになっても公は起たず、僧が開堂すれば公はすぐに出かける』と。いかがなものでしょうか」。富公は驚いて言った。「私はそのことを考えてもみなかった」。
解説
この章句が説くこと
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