智囊 / 善言・李晟
李懷光密與朱泚通謀,事跡頗露。李晟累奏,恐其有變,為所並,請移軍東渭橋,上猶冀懷光革心,收其力用,奏寢不下。懷光欲緩戰期,且激怒諸軍,言「諸軍糧賜薄,神策獨厚,厚薄不均,難以進戰。」上以財用方窘,若糧賜皆比神策,則無以給之;不然,又逆懷光意,恐諸軍觖望,乃遣陸贄詣懷光營宣慰,因召李晟參議其事。懷光欲晟自乞減損,使失士心,沮敗其功,乃曰:「將士戰鬥同,而糧賜異,何以使之協心?」贄未有言,數顧晟,晟曰:「公為元帥,得專號令,晟將一軍,受指縱而已,至於增減衣食,公當裁之。」懷光嘿然。
新字:李懐光密与朱泚通謀,事跡頗露。李晟累奏,恐其有変,為所並,請移軍東渭橋,上猶冀懐光革心,収其力用,奏寝不下。懐光欲緩戦期,且激怒諸軍,言「諸軍糧賜薄,神策独厚,厚薄不均,難以進戦。」上以財用方窘,若糧賜皆比神策,則無以給之;不然,又逆懐光意,恐諸軍觖望,乃遣陸贄詣懐光営宣慰,因召李晟参議其事。懐光欲晟自乞減損,使失士心,沮敗其功,乃曰:「将士戦鬥同,而糧賜異,何以使之協心?」贄未有言,数顧晟,晟曰:「公為元帥,得専号令,晟将一軍,受指縦而已,至於增減衣食,公当裁之。」懐光嘿然。
書き下し
李懐光、密かに朱泚と通謀し、事跡頗る露わる。李晟累ねて奏し、其の変有りて并せらるるを恐れ、軍を東渭橋に移さんことを請う。上猶お懐光の心を革め、其の力用を収めんことを冀い、奏は寝めて下さず。懐光戦期を緩め、且つ諸軍を激怒せしめんと欲し、言う、「諸軍の糧賜は薄く、神策のみ独り厚し。厚薄均しからず、以て進戦し難し」と。上、財用方に窘しむを以て、若し糧賜皆な神策に比せば、則ち以て給する無し。然らずんば又た懐光の意に逆らい、諸軍の観望するを恐れ、乃ち陸贄を遣わして懐光の営に詣りて宣慰せしめ、因りて李晟を召して其の事を参議せしむ。懐光晟をして自ら減損を乞わしめ、士心を失わしめて、其の功を沮敗せんと欲し、乃ち曰く、「将士の戦闘は同じきに、糧賜は異なる、何を以て之をして協心せしめん」と。贄未だ言有らず、数しば晟を顧みる。晟曰く、「公は元帥為り、号令を専らにするを得。晟は一軍を将い、指縦を受くるのみ。衣食を増減するに至りては、公当に之を裁すべし」と。懐光嘿然たり。
現代語訳
李懐光はひそかに朱泚と通じて謀っており、その形跡がかなり露わになった。李晟は何度も上奏し、変事が起きて併呑されるのを恐れて、軍を東渭橋に移したいと願い出た。皇帝はなお懐光が心を改め、その力を用いられることを願い、上奏はとどめ置いて下さなかった。懐光は出陣の期日を遅らせ、さらに諸軍を怒らせようと考えて言った。「諸軍の糧食と賞与は薄く、神策軍だけが厚い。厚薄が均しくなければ、進んで戦いにくい」。皇帝は財政が逼迫していたため、もし糧賜をすべて神策軍並みにすれば支給できない。かといって、そうしなければ懐光の意に逆らい、諸軍が不満を抱くのを恐れた。そこで陸贄を遣わして懐光の陣営で慰撫させ、李晟を呼んでこの件を相談させた。懐光は李晟に自ら減額を願い出させ、兵士の心を失わせて、その功を妨げようと考え、言った。「将兵の戦いぶりは同じなのに、糧賜が異なる。どうして心を一つにさせられようか」。陸贄は何も言わず、しばしば李晟を見やった。李晟は言った。「公は元帥であり、号令を専らにできます。私は一軍を率い、指図を受けるだけです。衣食の増減については、公が裁かれるべきです」。懐光は黙り込んだ。
解説
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