智囊 / 善言・賈詡
賈詡事操。時臨淄侯植才名方盛,操嘗欲廢丕立植。一日屏左右問詡,詡默不對,操曰:「與卿言,不答,何也?」對曰:「屬有所思。」操曰:「何思?」詡曰:「思袁本初、劉景升父子。」操大笑,丕位遂定。〔評議〕衛瓘「此座可惜」一語,不下於詡,晉武悟而不從,以致於敗。
新字:賈詡事操。時臨淄侯植才名方盛,操嘗欲廃丕立植。一日屏左右問詡,詡黙不対,操曰:「与卿言,不答,何也?」対曰:「属有所思。」操曰:「何思?」詡曰:「思袁本初、劉景升父子。」操大笑,丕位遂定。〔評議〕衛瓘「此座可惜」一語,不下於詡,晋武悟而不従,以致於敗。
書き下し
賈詡、操に事う。時に臨淄侯植、才名方に盛んなり。操嘗て丕を廃して植を立てんと欲す。一日左右を屏けて詡に問う。詡黙して対えず。操曰く、「卿と言うに、答えざるは何ぞや」と。対えて曰く、「属たま思う所有り」と。操曰く、「何を思う」と。詡曰く、「袁本初、劉景升の父子を思う」と。操大笑し、丕の位遂に定まる。〔評議〕衛瓘の「此の座惜しむべし」の一語は、詡に下らず。晋武悟れども従わず、以て敗に至る。
現代語訳
賈詡は曹操に仕えていた。当時、臨淄侯の曹植は才能の評判が高まっていた。曹操はかつて曹丕を廃して曹植を立てようと考えた。ある日、側近を退けて賈詡に尋ねた。賈詡は黙って答えなかった。曹操は言った。「そなたと話しているのに、答えないのはなぜか」。賈詡は答えた。「ちょうど考えごとをしておりました」。曹操は「何を考えていたのか」と言い、賈詡は「袁本初と劉景升の父子のことを考えておりました」と答えた。曹操は大笑いし、曹丕の地位はこうして定まった。〔評議〕衛瓘の「この座は惜しむべきです」という一言は、賈詡の言葉に劣らない。晋の武帝は悟ったが従わず、そのために敗れた。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』權奇・吳質丞相主簿の楊修、曹植を立てて魏の嗣と為さんことを謀る。曹丕これを患う。車を以て廃簏を載せ、呉質を納れ、これと謀る。修、操に白す。丕懼れ、質に告ぐ。質曰く、「害無きなり」と。明日、復た車を以て絹を載せて入る。修復たこれを白す。推験するに人無く、操是に由り疑わず。〔評〕植の嫡を奪うこと、操は固よりこれを疑う。植を疑えば、則ち丕を疑わざること易し。然らずんば、猜多き操の如きは、何ぞ一たび推験して即ち止まんや。その修を殺すや、亦た植を孤にして丕を安んずるを以てなり。而るに説く者、「黄絹」忌まれ、「鶏肋」軍を誤ると謂うは、亦た操を論ずること浅きかな。
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『智囊』敏悟・楊修楊修、魏武の主簿たり。時に相国の門を作り、始めて榱桷を構う。魏武自ら出でて看、門に題して「活」の字を作して便ち去る。楊見て、便ち令してこれを壊さしむ。曰く、「門中の活は『闊』の字なり。王は正に門の大なるを嫌うなり」と。人、魏武に一杯の酪を餉る。魏武少許を啖い、蓋の頭上に「合」の字を題して以て衆に示す。衆、能く解する莫し。次いで楊修に至る。修便ちこれを啖いて曰く、「公、人に一口を啖わしむ、また何ぞ疑わん」と。魏武嘗て「曹娥碑」の下を過ぐ。楊修従う。碑の背上に題して「黄絹幼婦外孫斉臼」の八字を作すを見る。魏武、修に謂いて曰く、「解するや否や」と。答えて曰く、「解す」と。魏武曰く、「卿、未だ言うべからず。我の思うを俟て」と。行くこと三十里、魏武乃ち曰く、「吾已に得たり」と。修をして別に知る所を記さしむ。修曰く、「黄絹は色糸、字において『絶』たり。幼婦は少女、字において『妙』たり。外孫は女子、字において『好』たり。斉臼は五辛を受くる器、字において『辞』たり。所謂『絶妙好辞』なり」と。魏武もまた記すに、修と同じ。歎じて曰く、「吾が才、卿に去ること乃ち三十里」と。操、既に漢中を平らげ、劉備を討たんと欲するも進むを得ず、守らんと欲するもまた功を為し難し。護軍、進止を知らず。操、教を出だし、唯だ曰く、「鶏肋」と。外曹、能く暁る莫し。楊修曰く、「夫れ鶏肋は、これを食らえば則ち得る所無く、これを棄つれば則ち殊に惜しむべし。公の帰る計、決せり」と。乃ち私に語りて営中に戒装せしむ。俄にして操果たして班師す。〔述評〕徳祖、聡穎太だ露わにして、操の忌む所と為る。それ免るるを能わんや。晋・宋の人主、多く臣下と詩・字を争勝す。故に鮑照は累句多く、僧虔は拙筆を用いる。皆以て禍を避くるなり。
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『智囊』億中・曹操曹公の東征するや、議者は軍出でて袁紹其の後を襲い、進みて戦うを得ず、退きて拠る所を失わんことを懼る。公曰く、「紹の性は遅くして疑い多し、来たるは必ず速やかならず。劉備は新たに起こり、衆心未だ附かず。急に之を撃たば必ず敗らん。此れ存亡の機にして、失うべからず」と。卒に東して備を撃つ。田豊は果たして紹に説きて曰く、「虎の方に鹿を捕らうるに、熊は其の穴に拠りて其の子を啖う。虎は進みて鹿を得ず、退きて其の子を得ず。今、操は自ら備を征し、国を空しくして去る。将軍は長戟百万、胡騎千群、直ちに許都を指して其の巣穴を搗かば、百万の師は天より下り、炎火を挙げて以て飛蓬を焦がし、滄海を覆して以て漂炭に沃ぐが若し、消滅せざる者有らんや。兵機の変は斯須に在り、軍情は枹鼓より捷し。操聞かば、必ず備を舎てて許に還らん。我、其の内に拠り、備、其の外を攻めば、逆操の頭は必ず麾下に懸からん。此れを失いて図らずんば、操は国に帰るを得て、兵を休め民を息め、穀を積み士を養わん。方今、漢道は陵遲し、綱紀は弛絶す。而して操は梟雄の資を以て、跋扈の勢いに乗じ、虎狼の欲を恣にし、篡逆の謀を成す。百道より攻撃すと雖も、図るべからざるなり」と。紹は子の疾を以て辞し、許さず。豊は杖を挙げて地を撃ちて曰く、「夫れ此の難遇の機に遭いて、嬰児の故を以て其の会を失う、惜しい哉」と。
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『智囊』狡黠・曹操魏武、常に行軍するに、廩谷足らず。私かに主者を召して問う、「如何せん」と。主者曰く、「小斛を行いて之を足すべし」と。曹公曰く、「善し」と。後に軍中に曹公は衆を欺くと言う。公、主者に謂いて曰く、「汝に一物を借りて、以て衆心を厭えん」と。乃ち之を斬り、首を取りて題して徇えて曰く、「小斛を行い、官谷を盗む」と。軍心は遂に定まる。曹公嘗て云う、「我が眠中には妄りに近づくべからず。近づけば便ち人を斲る。亦た自ら覚えず。左右は宜しく慎むべし」と。一日陽り眠る。幸する所の一人、竊かに被を以て之を覆う。因りて便ち斲殺す。復た臥し、既に覚むれば問う、「誰か我が侍者を殺せしぞ」と。是れより眠る毎に人敢えて近づかず。魏武は、人の己を危うくせんと欲すれば己は輒ち心動くと言い、因りて親しき所の小人に語りて曰く、「汝は刃を懐きて密かに我が側に来たれ。我は必ず説きて必ず動く。汝を執えて刑を行わしめん。汝は但だ言う勿かれ。他の故無きを保たん。当に厚く相報ゆべし」と。親者は焉を信じ、以て懼れと為さず。遂に之を斬る。此の人は死に至るまで知らざるなり。左右は以て実と為し、謀逆する者は気を挫く。操は少き時、嘗て袁紹と人の新婚を観る。因りて潜かに主人の園中に入り、夜に叫呼して云う、「偸児賊有り」と。青廬中の人は皆出でて観る。操は乃ち入り、刃を抽きて新婦を劫かす。紹と還り出ずるに、道を失い、枳棘中に墜つ。紹は動くを得る能わず。操は復た大いに叫びて云う、「偸児此に在り」と。紹は惶迫して、自ら擲ち出で、遂に以て俱に免る。
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『智囊』善言・謝莊・裴楷・王份・王景文・崔光謝荘、字は希逸。孝武嘗て荘に宝剣を賜う。荘以て魯爽に与う。後に爽叛す。帝偶たま剣の所在を問う。答えて曰く、「昔魯爽と別るるに、竊かに借りて陛下の杜郵の賜と為せり」と。晋武始めて阼に登る、彩策に得る所一にして、王者の世数は此の多少を視る。帝既に悦ばず、君臣色を失う。侍中裴楷進みて曰く、「臣聞く、天は一を得て以て清く、地は一を得て以て寧く、侯王は一を得て以て天下の貞と為ると」と。帝悦び、君臣歎服す。梁武帝王侍中份に問う、「朕は有と為すか、無と為すか」と。対えて曰く、「陛下は万物に応ずるは有なり、至理を体するは無なり」と。宋文帝天泉池に釣り、綸を垂れて獲ず。王景文曰く、「良に綸を垂るる者清きに由り、故に貪餌を獲ず」と。元魏の高祖、子に恂・愉・悦・懌と名づく。崔光、子に劭・勖・勉と名づく。高祖曰く、「我が児の名の旁は皆な心有り、卿が児の名の旁は皆な力有り」と。対えて曰く、「所謂君子は心を労し、小人は力を労すなり」と。〔評議〕王弇州曰く、「人は捷を以て供奉すと雖も、語は雅致を妨げず。桓玄の位を篡うや、初めて御牀に登りて陥つ、殷仲文曰く、『将に聖徳深厚にして、地載する能わざるに由る』と。梁武の宮門災あり、群臣に謂いて曰く、『我が意方に更新せんと欲す』と。何敬容曰く、『此れ所謂先天にして天違わず』と。又た武帝即位す、猛虎有り建康の郭に入り、象江陵に入る。上意悦ばず、以て群臣に問うも、敢えて対うる無し。王瑩曰く、『昔「石を撃ち石を拊てば、百獣率い舞う」。陛下籙に膺り図を御す、虎象来格す』と」と。縦い極めて贍辞なるも、人をして嘔穢せしめざる能わず。
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『長短経』三国権王室靖んずと雖も、二方未だ賓せず。乃ち賈詡に問いて曰く「吾、命に従わざるを伐ちて、以て天下を一にせんと欲す。呉・蜀何れか先ならん」と。対えて曰く「攻取する者は兵権を先にし、本を建つる者は徳化を尚ぶ。陛下は期に応じて禅りを受け、率土に撫臨す。若し之を綏んずるに文徳を以てして、其の変を俟たば、則ち之を平らぐること難からず。呉・蜀は蕞爾たる小国なりと雖も、山水に依阻す。劉備は雄才有り、諸葛亮は善く国を治め、孫権は虚実を識り、陸遜は兵勢を見る。険に拠り要を守り、舟を江湖に汎べ、皆卒かに平らぎ難きなり。兵を用うるの道は、先ず勝ちて後に戦い、敵を量り将を論ず。故に挙げて遺策無し。臣竊かに料るに、群臣に権・備の対無し。天威を以て之に臨むと雖も、未だ万全の勢いを見ず。昔、舜は干戚を舞わして、有苗服す。臣以為えらく、当今は宜しく文を先にし武を後にすべし」と。文帝納れず。後に果たして功無し。
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