智囊 / 億中・曹操
曹公之東征也,議者懼軍出,袁紹襲其後,進不得戰而退失所據。公曰:「紹性遲而多疑,來必不速;劉備新起,眾心未附,急擊之,必敗,此存亡之機,不可失也。」卒東擊備。田豐果說紹曰:「虎方捕鹿,熊據其穴而啖其子,虎進不得鹿,而退不得其子。今操自徵備,空國而去,將軍長戟百萬,胡騎千群,直指許都,搗其巢穴,百萬之師自天而下,若舉炎火以焦飛蓬,覆滄海而沃漂炭,有不消滅者哉?兵機變在斯須,軍情捷於枹鼓。操聞,必舍備還許,我據其內,備攻其外,逆操之頭必懸麾下矣!失此不圖,操得歸國,休兵息民,積穀養士。方今漢道陵遲,綱紀弛絕。而操以梟雄之資,乘跋扈之勢,恣虎狼之欲,成篡逆之謀,雖百道攻擊,不可圖也。」紹辭以子疾,不許。豐舉杖擊地曰:「夫遭此難遇之機,而以嬰兒之故失其會,惜哉!」
新字:曹公之東征也,議者懼軍出,袁紹襲其後,進不得戦而退失所拠。公曰:「紹性遅而多疑,来必不速;劉備新起,衆心未附,急撃之,必敗,此存亡之機,不可失也。」卒東撃備。田豊果説紹曰:「虎方捕鹿,熊拠其穴而啖其子,虎進不得鹿,而退不得其子。今操自徴備,空国而去,将軍長戟百万,胡騎千群,直指許都,搗其巣穴,百万之師自天而下,若舉炎火以焦飛蓬,覆滄海而沃漂炭,有不消滅者哉?兵機変在斯須,軍情捷於枹鼓。操聞,必舎備還許,我拠其内,備攻其外,逆操之頭必懸麾下矣!失此不図,操得帰国,休兵息民,積穀養士。方今漢道陵遅,綱紀弛絶。而操以梟雄之資,乗跋扈之勢,恣虎狼之欲,成篡逆之謀,雖百道攻撃,不可図也。」紹辞以子疾,不許。豊舉杖撃地曰:「夫遭此難遇之機,而以嬰児之故失其会,惜哉!」
書き下し
曹公の東征するや、議者は軍出でて袁紹其の後を襲い、進みて戦うを得ず、退きて拠る所を失わんことを懼る。公曰く、「紹の性は遅くして疑い多し、来たるは必ず速やかならず。劉備は新たに起こり、衆心未だ附かず。急に之を撃たば必ず敗らん。此れ存亡の機にして、失うべからず」と。卒に東して備を撃つ。田豊は果たして紹に説きて曰く、「虎の方に鹿を捕らうるに、熊は其の穴に拠りて其の子を啖う。虎は進みて鹿を得ず、退きて其の子を得ず。今、操は自ら備を征し、国を空しくして去る。将軍は長戟百万、胡騎千群、直ちに許都を指して其の巣穴を搗かば、百万の師は天より下り、炎火を挙げて以て飛蓬を焦がし、滄海を覆して以て漂炭に沃ぐが若し、消滅せざる者有らんや。兵機の変は斯須に在り、軍情は枹鼓より捷し。操聞かば、必ず備を舎てて許に還らん。我、其の内に拠り、備、其の外を攻めば、逆操の頭は必ず麾下に懸からん。此れを失いて図らずんば、操は国に帰るを得て、兵を休め民を息め、穀を積み士を養わん。方今、漢道は陵遲し、綱紀は弛絶す。而して操は梟雄の資を以て、跋扈の勢いに乗じ、虎狼の欲を恣にし、篡逆の謀を成す。百道より攻撃すと雖も、図るべからざるなり」と。紹は子の疾を以て辞し、許さず。豊は杖を挙げて地を撃ちて曰く、「夫れ此の難遇の機に遭いて、嬰児の故を以て其の会を失う、惜しい哉」と。
現代語訳
曹公(曹操)が東へ遠征する際、議論する者たちは、軍が出た後で袁紹がその背後を襲い、進んでも戦えず、退いても拠り所を失うことを恐れた。公は言った。「紹は性格が遅く、疑い深いので、来るとしても必ず速くはない。劉備は新たに起こったばかりで、人心がまだ従っていない。急いで撃てば必ず破れる。これは存亡の分かれ目であり、逃してはならない」。そのまま東へ向かい、備を撃った。田豊は果たして紹に説いた。「虎が鹿を捕らえようとする時、熊がその巣穴に居座って子を食らうようなものです。虎は進んでも鹿を得られず、退いても子を取り戻せません。今、操は自ら備を征伐し、国を空にして出ています。将軍は長戟百万、胡の騎兵千群を擁し、まっすぐ許都を指して巣穴を突けば、百万の軍が天から降り、燃える火で飛ぶ蓬を焼き、滄海をひっくり返して漂う炭に注ぐようなもので、消滅しない者がありましょうか。軍機の変化は一瞬にあり、軍情は枹鼓よりも素早いのです。操が聞けば、必ず備を捨てて許に戻るでしょう。私が内に拠り、備が外を攻めれば、逆賊操の首は必ず麾下に懸かるでしょう。この機会を逃して謀らなければ、操は国に帰って兵を休め民を養い、穀物を積み兵を育てます。今、漢の道は衰え、綱紀は緩んで途絶えています。そして操は梟雄の資質で、勝手気ままな勢いに乗り、虎狼の欲をほしいままにし、簒奪の謀を成そうとしています。あらゆる方向から攻めても、これを図ることはできなくなります」。紹は息子の病気を理由に断り、許さなかった。豊は杖を挙げて地を打ち、言った。「このような出会いがたい機会にあって、幼い子供のために好機を逃すとは、惜しいことだ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』覇図曹公、官渡に軍す。紹、時に衆を悉くして南す。田豊、紹に説きて曰く「曹公は善く兵を用い、変化方無し。衆は少なしと雖も、未だ軽んず可からず。久しきを以て之を持するに如かず。将軍は山河の固きに拠り、四州の衆を擁す。外は英雄を結び、内は農戦を修む。然る後に其の精鋭を簡び、分かちて奇兵と為し、虚に乗じて迭々出で、以て河南を擾し、右を救わば則ち其の左を撃ち、左を救わば則ち其の右を撃つ。敵をして奔命に疲れしめ、人、業に安んずるを得ざらしむ。我労せずして彼已に困す。三年に及ばずして、坐して克つ可きなり。今、廟算の策を釈てて、成敗を一戦に決す。若し志の如くならずんば、悔ゆとも及ぶ無きなり」と。
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『智囊』億中・曹操〔馮述評〕操は備を翦るに明らかなれど、漢中の役にして、志は隴を得て盈ち、備を縦ちて蜀を得しめ、司馬懿・劉曄の計を用いざるは、何ぞや。或いは天意有るか。操、既に張魯に克つ。司馬懿曰く、「劉備は詐力を以て劉璋を虜にし、蜀人は未だ附かず。今、漢中を破らば、益州は震動せん。因りて之を圧さば、勢い必ず瓦解せん」と。劉曄も亦た以て言う。操従わず。居ること七日、蜀の降者言う、「蜀中は一日に数十たび驚き、守将は之を斬ると雖も安んずる能わず」と。操、曄に問いて曰く、「今、撃つべきか」と。曄曰く、「今は已に小しく定まる、未だ犯すべからず」と。操退き、備は遂に漢中を並せ有つ。安定は羌胡と密邇す。太守毋丘興、将に官に之かんとするに、公之を戒めて曰く、「羌胡は中国と通ぜんと欲せば、自ら当に人を遣わして来たるべし。慎んで人を遣わして往くこと勿かれ。善人は得難く、必ず且に羌人に妄りに請求有るを教えて、因りて以て自利せん。従わざれば、便ち異俗の意を失う、之に従わば則ち益無し」と。興は佯って諾して去る。郡に抵るに及び、輒ち校尉范陵を遣わして羌に至らしむ。陵は果たして羌に教えて自ら請いて属国都尉と為らしむ。公笑いて曰く、「吾が預め当に爾るべきを知るは、聖なるに非ず、但だ事を更ること多きのみ」と。
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『長短経』覇図紹、果たして曹公の敗る所と為る。紹、進みて武陽を保ち、操と相い持す。沮授、又た説きて曰く「北兵は衆しと雖も、果勁は南に及ばず。南の穀は虚少なるも、財貨は北に及ばず。南の利は急戦に在り、北の利は緩搏に在り。宜しく持久を修め、曠しくするに日月を以てすべし」と。紹従わず。連営して漸く官渡に逼る。許攸、進みて曰く「曹操は兵少なくして、師を悉くして我を拒ぐ。許下の余守、勢い必ず虚弱ならん。若し軽騎を分遣し、星行して襲わば、許抜けて、則ち操は擒を成さん。如し其れ未だ潰えずんば、首尾をして奔命せしむ可し。之を破ること必せん」と。紹、又た用うる能わず。
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『長短経』三国権太祖、袁紹と官渡に相持す。時に公は粮少なく、荀彧に書を与え、議して許に還らんと欲す。彧曰く「紹は悉く衆を官渡に聚め、公と勝敗を決せんと欲す。公は至弱を以て至強に当たる。若し制すること能わずんば、必ず乗ずる所と為らん。是れ天下の大機なり。且つ紹は布衣の雄のみ。能く人を聚むれども用うること能わず。夫れ公の神武明哲を以て、輔くるに大順を以てす。何に向かいてか済らざらん。今、軍少なしと雖も、未だ楚漢の滎陽・成皋に在りし時に若かざるなり。是の時、劉・項、肯えて先に退く莫し。先に退く者は勢い屈すればなり。公は十分の一に居るの衆を以て、地を画して之を守り、其の喉を扼して進むを得ざらしむること、已に半年なり。情見れ勢い竭く、必ず将に変有らんとす。此れ奇を用うるの時、失うべからず」と。又た紹の謀臣許攸、財を貪る。紹縦すこと能わず。来奔し、太祖に説きて紹の別屯を襲い、其の粮穀を燔かしむ。遂に紹を破る。
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『長短経』量才曹公曰く「吾れ之を知る。紹の人と為り、志は大にして智は小、色は厲しくして胆は薄く、忌み克ちて威少なく、兵は多くして分画明らかならず、将は驕りて政令一ならず。土地は広しと雖も、糧食は豊かなりと雖も、適ま吾が奉と為る所以なり」と。楊阜曰く「袁公は寛にして断ぜず、謀を好みて決少なし。断ぜざれば則ち威無く、決少なければ則ち事に後る。今は強しと雖も、終に擒にせらる。曹公は雄才遠略有り、機を決して疑い無く、法一にして兵精なり。必ず能く大事を済さん」と。〕
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『長短経』覇図会々攸の家、法を犯す。審配、之を収繋す。攸、志を得ず、遂に曹公に奔る。而して操に説きて淳于瓊を襲取せしむ。瓊、時に軍を督し、烏巣に屯在す。紹の軍を去ること四十里。操、自ら将いて急に之を撃つ。時に張郃、紹に説きて曰く「曹公の兵は精なり。往かば必ず瓊を破らん。瓊破れなば、則ち将軍の事去らん。宜しく兵を引きて之を救うべし」と。郭図曰く「郃の計は非なり。其の本営を攻むるに如かず。勢い必ず還らん。此れ救わずして自ら解くるを為すなり」と。郃曰く「曹公の営は固し。之を攻むるも必ず抜けざらん。若し瓊等禽にせられなば、吾が属、尽く虜と為らん」と。紹、但だ軽騎を遣わして瓊を救い、而して重兵を以て操の営を攻むるも、下す能わず。曹公、瓊を破り、其の積聚を焚く。紹の軍、潰散奔北す。曹公、遂に紹を破り、乃ち天下を威震するなり。〉
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