智囊 / 善言・吳瑾・楊晟
石亨矜功,恃寵。一日上登翔鳳樓,見亨新第極偉麗,顧問恭順侯吳瑾、撫寧伯朱永曰:「此何人居?」永謝不知,瑾曰:「此必王府。」上笑曰:「非也。」瑾頓首曰:「非王府,誰敢僭妄如此?」上不應,始疑亨。煬帝幸榆林,長孫晟從。晟以牙中草穢,欲令突厥可汗染乾親自芟艾,以明威重,乃故指帳前草謂曰:「此根大香。」染乾遽嗅之,曰:「殊不香也。」晟曰:「天子行幸,所在諸侯躬親灑掃,芸除御路,以表至敬。今牙中蕪穢,謂是留香草耳。」染乾乃悟,曰:「是奴罪過。」遂拔所佩刀,親自芟草,諸部貴人爭效之,自榆林東達薊,長三千里,廣百步,皆開御道。
新字:石亨矜功,恃寵。一日上登翔鳳楼,見亨新第極偉麗,顧問恭順侯呉瑾、撫寧伯朱永曰:「此何人居?」永謝不知,瑾曰:「此必王府。」上笑曰:「非也。」瑾頓首曰:「非王府,誰敢僭妄如此?」上不応,始疑亨。煬帝幸榆林,長孫晟従。晟以牙中草穢,欲令突厥可汗染乾親自芟艾,以明威重,乃故指帳前草謂曰:「此根大香。」染乾遽嗅之,曰:「殊不香也。」晟曰:「天子行幸,所在諸侯躬親灑掃,芸除御路,以表至敬。今牙中蕪穢,謂是留香草耳。」染乾乃悟,曰:「是奴罪過。」遂抜所佩刀,親自芟草,諸部貴人争効之,自榆林東達薊,長三千里,広百歩,皆開御道。
書き下し
石亨功に矜り、寵を恃む。一日上翔鳳楼に登り、亨の新第の極めて偉麗なるを見て、顧みて恭順侯呉瑾・撫寧伯朱永に問いて曰く、「此れ何人の居る所ぞ」と。永は謝して知らずと。瑾曰く、「此れ必ず王府ならん」と。上笑いて曰く、「非なり」と。瑾頓首して曰く、「王府に非ずんば、誰か敢えて僭妄すること此の如くならん」と。上応えず、始めて亨を疑う。煬帝榆林に幸す、長孫晟従う。晟、牙中の草穢なるを以て、突厥の可汗染乾をして親自ら芟艾せしめ、以て威重を明らかにせんと欲し、乃ち故に帳前の草を指して謂いて曰く、「此の根は大いに香し」と。染乾遽かに之を嗅ぎて曰く、「殊に香らず」と。晟曰く、「天子行幸すれば、所在の諸侯は躬親ら灑掃し、御路を芸除して、以て至敬を表す。今牙中蕪穢たり、是れ留香草と謂えるのみ」と。染乾乃ち悟りて曰く、「是れ奴の罪過なり」と。遂に佩ぶる所の刀を抜き、親自ら草を芟る。諸部の貴人争いて之に效い、榆林より東は薊に達し、長さ三千里、広さ百歩、皆な御道を開く。
現代語訳
石亨は功績を誇り、寵愛を頼みにしていた。ある日、皇帝は翔鳳楼に登り、石亨の新邸がきわめて壮麗なのを見て、振り返って恭順侯の呉瑾と撫寧伯の朱永に尋ねた。「あれは誰の住まいか」。朱永は知らないと詫びた。呉瑾は言った。「あれはきっと王の屋敷でしょう」。皇帝は笑って「違う」と言った。呉瑾は頭を地につけて言った。「王府でないなら、誰がこれほど身のほど知らずなことをするでしょうか」。皇帝は答えなかったが、このとき初めて石亨を疑った。煬帝が榆林に行幸し、長孫晟が従った。晟は突厥の本営に雑草が生い茂っているのを見て、可汗の染乾に自ら草を刈らせ、天子の威厳を示そうと考え、わざと帳の前の草を指して言った。「この草の根はとても香ります」。染乾は急いで嗅いで言った。「全く香りません」。晟は言った。「天子が行幸されると、行く先々の諸侯は自ら掃き清め、御道の草を除いて、最高の敬意を表します。今、本営は荒れ放題ですので、香草を残しているのだと思ったのです」。染乾はようやく悟り、「これは私の罪です」と言った。そして腰の刀を抜き、自ら草を刈った。諸部族の貴人たちも争って真似し、榆林から東は薊に至るまで、長さ三千里、幅百歩の御道を開いた。
解説
この章句が説くこと
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