智囊 / 敏悟・王戎・曾進
王戎夢有人以七枚椹子與之,著衣襟中,既覺,得之。占曰:「椹(桑子),自後男女大小凡七喪。〔評〕夢椹代喪,明用甚雅。江西曾迥當大比之秋,夢抱一小兒,忽見此兒右邊又生一耳,少頃,見此兒無兩手,以為不祥,語其兄進。進曰:「又添一耳,『耳』與『又』乃『取』字;小兒,子也,子無兩手,乃『了』字,爾已取了。衛生已而果然。
新字:王戎夢有人以七枚椹子与之,著衣襟中,既覚,得之。占曰:「椹(桑子),自後男女大小凡七喪。〔評〕夢椹代喪,明用甚雅。江西曽迥当大比之秋,夢抱一小児,忽見此児右辺又生一耳,少頃,見此児無両手,以為不祥,語其兄進。進曰:「又添一耳,『耳』与『又』乃『取』字;小児,子也,子無両手,乃『了』字,爾已取了。衛生已而果然。
書き下し
王戎、人の七枚の椹子を以て之に与え、衣の襟中に著くるを夢む。既に覚めて、之を得たり。占いて曰く、「椹(桑の子)は、自後、男女大小、凡そ七たび喪せん」と。〔評〕夢椹代喪、明用甚だ雅なり。江西の曾迥、大比の秋に当たり、夢に一小児を抱く。忽ち此の児の右辺に又た一耳を生ずるを見る。少頃、此の児に両手無きを見る。以て不祥と為し、其の兄の進に語る。進曰く、「又た一耳を添うれば、「耳」と「又」は乃ち「取」の字なり。小児は子なり。子に両手無きは、乃ち「了」の字なり。爾、已に取り了るなり」と。衛生、已にして果たして然り。
現代語訳
王戎は、ある人が七つの桑の実をくれて、着物の襟の中に入れる夢を見た。目覚めてみると、本当にそれが手元にあった。占いは言った。「『椹(桑の実)』は『喪』と音が通じます。これから後、家族の大小、合わせて七たび喪にあうでしょう」。〔評〕夢と桑の実を結びつけて喪に代える読みは、用い方が明快で優雅である。江西の曾迥は、科挙の大試験の秋に、夢で一人の幼子を抱いていた。突然、この子の右側にもう一つ耳が生え、しばらくするとこの子には両手がないのが見えた。不吉だと思い、兄の進に話した。進は言った。「耳をもう一つ足すと、『耳』と『又』で『取』の字になる。幼子は子だ。子に両手がないのは『了』の字になる。おまえはもう取り終わった(合格した)のだ」。やがて果たしてそのとおりになった。
解説
この章句が説くこと
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