智囊 / 敏悟・李錡・趙輔和・郭璞
韓臯素與李錡不協,錡一日夢萬歲樓上掛冰,因自解曰:「冰者,寒也;樓者,高也。豈韓臯來代我乎?」意甚惡之,臯果移鎮浙右。有人父官刺史,得書云:「有疾。」是人詣趙輔和館,別托相知者筮,遇「泰」,筮者云:「甚吉。」是人出後,輔和語筮者云:「『泰』,乾下坤上,則父已入土矣,豈得言吉?」果凶問至。顧士群母病,筮得「歸妹」之「隨」,或以為「男女有家」之卦,必無恙。郭璞曰:「『歸妹』,女之終也,兑主秋,至立秋日終矣。」果然。
新字:韓皋素与李錡不協,錡一日夢万歳楼上掛冰,因自解曰:「冰者,寒也;楼者,高也。豈韓皋来代我乎?」意甚悪之,皋果移鎮浙右。有人父官刺史,得書云:「有疾。」是人詣趙輔和館,別托相知者筮,遇「泰」,筮者云:「甚吉。」是人出後,輔和語筮者云:「『泰』,乾下坤上,則父已入土矣,豈得言吉?」果凶問至。顧士群母病,筮得「帰妹」之「随」,或以為「男女有家」之卦,必無恙。郭璞曰:「『帰妹』,女之終也,兑主秋,至立秋日終矣。」果然。
書き下し
韓臯、素より李錡と協わず。錡、一日、夢に万歳楼上に氷を掛くるを見る。因って自ら解して曰く、「氷は寒なり。楼は高なり。豈に韓臯、来りて我に代わらんか」と。意、甚だ之を悪む。臯、果たして浙右に移鎮す。人有り、父は刺史たり。書を得て云う、「疾有り」と。是の人、趙輔和の館に詣り、別に相知る者に托して筮す。「泰」に遇う。筮者云う、「甚だ吉なり」と。是の人出でて後、輔和、筮者に語りて云う、「「泰」は、乾下坤上なり。則ち父、已に土に入れり。豈に吉と言うを得んや」と。果たして凶問至る。顧士群の母、病む。筮して「帰妹」の「随」を得たり。或いは以為えらく、「男女、家有り」の卦、必ず恙無しと。郭璞曰く、「「帰妹」は、女の終わりなり。兌は秋を主る。立秋の日に至りて終わらん」と。果たして然り。
現代語訳
韓臯は以前から李錡と仲が悪かった。ある日、李錡は万歳楼の上に氷が掛かっている夢を見た。そこで自分で解いて言った。「氷は寒、楼は高。もしや韓臯が来て私に取って代わるのではないか」。ひどく嫌な気がした。韓臯は果たして浙江西部へ赴任してきた。ある人の父が刺史であったが、手紙で「病気だ」と知らせてきた。その人は趙輔和の館を訪ね、別に懇意の占い師に頼んで筮を立ててもらい、『泰』を得た。占い師は「たいへん吉です」と言った。その人が出ていった後、趙輔和は占い師に言った。「『泰』は、乾が下、坤が上の形です。つまり天が下に、地が上にある。これでは父君はすでに土に入っています。どうして吉と言えますか」。やがて凶報が届いた。顧士群の母が病気になった。筮を立てると『帰妹』の『随』を得た。ある人は、男女に家が成る卦だから、きっと無事だと考えた。郭璞は言った。「『帰妹』は女の終わりです。兌は秋をつかさどります。立秋の日に終わるでしょう」。果たしてそのとおりになった。
解説
この章句が説くこと
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