智囊 / 敏悟・苻堅・張猷
苻堅將欲南伐,夢滿城出菜,又地東南傾,其占曰:「菜多,難為醬,東南傾,江左不得平也。右丞盧藏用、中書令崔湜坐太平黨,被流嶺南,至荊州。湜一夜夢講坐下聽法而照鏡。占夢張猷謂盧右丞曰:「崔令公乃大惡。夢坐下聽講,法從上來也;『鏡』字,『金』旁『竟』也。其竟於今日乎?」得敕,令湜自盡。
新字:苻堅将欲南伐,夢満城出菜,又地東南傾,其占曰:「菜多,難為醬,東南傾,江左不得平也。右丞盧蔵用、中書令崔湜坐太平党,被流嶺南,至荊州。湜一夜夢講坐下聴法而照鏡。占夢張猷謂盧右丞曰:「崔令公乃大悪。夢坐下聴講,法従上来也;『鏡』字,『金』旁『竟』也。其竟於今日乎?」得勅,令湜自尽。
書き下し
苻堅、将に南伐せんと欲し、夢に満城に菜出で、又た地の東南に傾くを見る。其の占に曰く、「菜多ければ、醤を為り難し。東南傾けば、江左平らかならざるなり」と。右丞の盧蔵用、中書令の崔湜、太平の党に坐し、嶺南に流され、荊州に至る。湜、一夜、夢に講坐の下に法を聴き、而して鏡に照らす。占夢の張猷、盧右丞に謂いて曰く、「崔令公は乃ち大悪なり。夢に坐下に講を聴くは、法、上より来るなり。「鏡」の字は、「金」の旁に「竟」なり。其れ竟わるは今日なるか」と。敕を得て、湜をして自尽せしむ。
現代語訳
前秦の苻堅が南の東晋を討とうとしたとき、夢で都じゅうに野菜が生え、また大地が東南に傾くのを見た。その占いに言う。「野菜が多ければ、醤(ひしお)が作りにくい。東南に傾くのは、江南が平らかにならないということだ」。右丞の盧蔵用と中書令の崔湜は、太平公主の一党に連座し、嶺南へ流され、荊州に着いた。崔湜はある夜、講座の下で法を聴き、鏡に姿を映す夢を見た。夢占いの張猷は盧右丞に言った。「崔令公は大悪人です。夢で座の下で講を聴くのは、『法』が上から来るということ。『鏡』の字は『金』と『竟』、つまり終わりを表します。彼の終わりは今日でしょう」。勅命が届き、崔湜は自害を命じられた。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』敏悟・子犯・劉伯溫城濮の役、晋の文公、夢に楚子と搏ち、楚子、己に伏して其の脳を盬う。是を以て懼る。子犯曰く、「吉なり。我は天を得、楚は其の罪に伏す。我、且に之を柔らげんとす」と。高祖、方に人を刑せんと欲す。劉伯温、適々入り、亟かに之に夢を語る。「頭に血有りて土之に傅くを以て、不祥なり。以て之に応ぜんと欲す」と。公曰く、「頭上の血は、「衆」の字なり。傅くるに土を以てするは、衆を得て且つ土を得るなり。応は三日に在り」と。上、為に停めること三日にして之を待つ。而して海寧降る。
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