智囊 / 敏悟・拆字
有朝士,其室懷娠過月,手書一「也」字,令其夫持問。是日坐客甚眾,石詳視,謂朝士曰:「此閣中所書否?」曰:「何以言之?」石曰:「謂語助者,焉、哉、乎、也,固知是公內助所書。」問:「盛年三十一否?」曰:「是也。」「以『也』字上為『三十』,下為『一』字也。」「然吾官寄此,當力謀遷動,還可得否?」曰:「正以此為撓耳。蓋『也』字著『水』則為『池』,有『馬』則為『馳』,今池運則無水,陸馳則無馬,是安可動也?又尊閣父母兄弟近身親人,皆當無一存者。以『也』字著『人』,則是『他』字,今獨見『也』字而不見『人』故也。又尊閣其家物產亦當蕩盡否?以『也』字著『土』則為『地』字,今不見『土』只見『也』。俱是否?」曰:「誠如所言。然此皆非所問者。
新字:有朝士,其室懐娠過月,手書一「也」字,令其夫持問。是日坐客甚衆,石詳視,謂朝士曰:「此閣中所書否?」曰:「何以言之?」石曰:「謂語助者,焉、哉、乎、也,固知是公内助所書。」問:「盛年三十一否?」曰:「是也。」「以『也』字上為『三十』,下為『一』字也。」「然吾官寄此,当力謀遷動,還可得否?」曰:「正以此為撓耳。蓋『也』字著『水』則為『池』,有『馬』則為『馳』,今池運則無水,陸馳則無馬,是安可動也?又尊閣父母兄弟近身親人,皆当無一存者。以『也』字著『人』,則是『他』字,今独見『也』字而不見『人』故也。又尊閣其家物産亦当蕩尽否?以『也』字著『土』則為『地』字,今不見『土』只見『也』。倶是否?」曰:「誠如所言。然此皆非所問者。
書き下し
朝士有り、其の室、懐娠して月を過ぐ。手ずから一つの「也」の字を書し、其の夫をして持ち問わしむ。是の日、坐客甚だ衆し。石、詳らかに視て、朝士に謂いて曰く、「此れ閣中の書する所なるか」と。曰く、「何を以て之を言う」と。石曰く、「語助と謂うは、焉・哉・乎・也なり。固より是れ公の内助の書する所なるを知る」と。問う、「盛年は三十一なるか」と。曰く、「是なり」と。「「也」の字の上は「三十」と為り、下は「一」の字と為るを以てなり」と。「然らば吾が官、此に寄す。当に力めて遷動を謀るべし。還た得べきか」と。曰く、「正に此を以て撓ると為すのみ。蓋し「也」の字、「水」を著くれば則ち「池」と為り、「馬」有れば則ち「馳」と為る。今、池は運んで則ち水無く、陸に馳せて則ち馬無し。是れ安んぞ動かすべけんや。又、尊閣の父母兄弟、近身の親人、皆当に一も存する者無かるべし。「也」の字に「人」を著くれば則ち是れ「他」の字なるに、今、独り「也」の字を見て「人」を見ざるが故なり。又、尊閣の其の家の物産も亦た当に蕩尽すべきか。「也」の字に「土」を著くれば則ち「地」の字と為るに、今、「土」を見ず只だ「也」を見るのみ。倶に是なるか」と。曰く、「誠に言う所の如し。然れども此れ皆問う所の者に非ず。
現代語訳
ある朝廷の役人の妻が、身ごもって月を過ぎても生まれなかった。役人は自分の手で「也」の字を書き、夫に持たせて尋ねさせた。その日は座に客がたいへん多かった。謝石はよく見て、役人に言った。「これは奥方が書かれたものですか」。「どうしてそう言うのか」。「語助(助字)というのは、焉・哉・乎・也です。ですからあなたの内助(妻)が書いたものと分かります」。「お年は三十一ですか」。「そのとおりだ」。「『也』の字は上が『三十』、下が『一』の字になるからです」。「さて、私の官は今ここに仮住まいだ。何とか異動を図りたいが、できようか」。「まさにそれが妨げになっているのです。『也』に『水』を付ければ『池』、『馬』を付ければ『馳』になります。いま池は動かそうにも水がなく、陸を走ろうにも馬がない。だから動かせないのです。また奥方の父母兄弟など身近な親族は、誰一人残っていないでしょう。『也』に『人』を付ければ『他』の字ですが、いま『也』だけで『人』が見えないからです。さらに奥方の実家の財産もすっかり尽きているのでは。『也』に『土』を付ければ『地』ですが、いま『土』が見えず『也』だけです。すべてそうではありませんか」。役人は言った。「まことにおっしゃるとおりだ。だがこれらは尋ねたかったことではない。
解説
この章句が説くこと
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