智囊 / 敏悟・劉顯・東方朔
梁時有沙門訟田,武帝大署曰:「貞。」有司未辨,遍問莫知。劉顯曰:「貞字文為『與上人』。」武帝嘗以隱語召東方朔。時上林獻棗,帝以杖擊未央前殿,曰:「叱叱!先生束束!」朔至曰:「上林獻棗四十九枚乎?」朔見上以杖擊檻,兩木為林,上林也;束束,棗也,叱叱,四十九也。
新字:梁時有沙門訟田,武帝大署曰:「貞。」有司未弁,遍問莫知。劉顕曰:「貞字文為『与上人』。」武帝嘗以隠語召東方朔。時上林献棗,帝以杖撃未央前殿,曰:「叱叱!先生束束!」朔至曰:「上林献棗四十九枚乎?」朔見上以杖撃檻,両木為林,上林也;束束,棗也,叱叱,四十九也。
書き下し
梁の時、沙門の田を訟する有り。武帝、大いに署して曰く、「貞」と。有司、未だ弁ぜず、遍く問うも知る莫し。劉顕曰く、「貞の字の文は『与上人』なり」と。武帝、嘗て隠語を以て東方朔を召す。時に上林、棗を献ず。帝、杖を以て未央前殿を撃ちて曰く、「叱叱、先生束束」と。朔至りて曰く、「上林、棗四十九枚を献ずるか」と。朔、上の杖を以て檻を撃つを見て、両木は林と為り、上林なり。束束は棗なり、叱叱は四十九なりと。
現代語訳
梁の時代に、僧侶が田地について訴えを起こした。武帝は大きく書き付けた。「貞」と。係の役人はその意味が分からず、あちこちに尋ねたが知る者がなかった。劉顕は言った。「貞の字は、『与上人(上人に与える)』と読めます。」武帝は以前、謎かけの言葉で東方朔を呼んだことがある。そのとき上林苑から棗が献上された。帝は杖で未央殿の前の階を叩いて言った。「叱叱、先生束束。」東方朔が着くと言った。「上林苑が棗四十九個を献上したのでしょうか。」東方朔は、帝が杖で欄干を叩いたのを見て、木が二つで林、つまり上林と解いた。束束は棗の字を分けたもの、叱叱は四十九を指すと解いた。
解説
この章句が説くこと
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