智囊 / 敏悟・梁武帝・高世則・何孟春
台城陷,武帝語人曰:「侯景必為帝,但不久耳。破『侯景』字乃成『小人百日天子』」。景篡位,果百日而亡。紹興己酉,有熊至永嘉城下。州守高世則謂其倅趙元䤾曰:「熊,於字為『能火』。郡中宜慎火燭。」後數日,果燒官民舍十七八。弘治十年六月,京師西直門有熊入城,兵部郎中何孟春亦以慎火為言。未幾,禮部火,又未幾,乾清宮毀焉。
新字:台城陥,武帝語人曰:「侯景必為帝,但不久耳。破『侯景』字乃成『小人百日天子』」。景篡位,果百日而亡。紹興己酉,有熊至永嘉城下。州守高世則謂其倅趙元䤾曰:「熊,於字為『能火』。郡中宜慎火燭。」後数日,果焼官民舎十七八。弘治十年六月,京師西直門有熊入城,兵部郎中何孟春亦以慎火為言。未幾,礼部火,又未幾,乾清宮毀焉。
書き下し
台城陥つるや、武帝、人に語りて曰く、「侯景は必ず帝たらん、ただ久しからざるのみ。『侯景』の字を破れば、乃ち『小人百日天子』と成る」と。景、位を簒うに、果たして百日にして亡ぶ。紹興己酉、熊有り永嘉城下に至る。州守高世則、その倅趙元䤾に謂いて曰く、「熊は、字において『能火』たり。郡中宜しく火燭を慎むべし」と。後数日、果たして官民の舎の十七八を焼く。弘治十年六月、京師の西直門に熊有りて城に入る。兵部郎中何孟春もまた慎火を以て言と為す。未だ幾ばくならずして礼部火あり、また未だ幾ばくならずして乾清宮毀たる。
現代語訳
台城が陥落したとき、武帝は人に語って言った。「侯景は必ず帝になるだろうが、長くは続かない。『侯景』の字を分解すれば、『小人百日天子』となる。」侯景は位を簒奪し、果たして百日で滅びた。紹興己酉の年、熊が永嘉の城下にやって来た。州守の高世則は、その副官の趙元䤾に言った。「熊は、字で言えば『能火』だ。郡中は火の用心をすべきだ。」数日後、果たして官民の家の十のうち七、八が焼けた。弘治十年六月、都の西直門に熊が現れて城内に入った。兵部郎中の何孟春もまた火の用心を勧めた。まもなく礼部で火事が起こり、またまもなく乾清宮が焼け落ちた。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』定公八年 陽虎、宝玉大弓を取る之に違へば死を徵す。死すとも主に益無し」と。桓子曰く、「何の後るることか之有らん。而、能く我を以て孟氏に適かんか」と。對へて曰く、「敢へて死を愛まず。主を免れしめざらんことを懼る」と。桓子曰く、「往け」と。孟氏、圉人の壯なる者三百人を選び、以て公期の為に室を門外に築かしむ。林楚、馬を怒らせ、衢に及びて騁す。陽越、之を射て中らず。築く者、門を闔づ。門の間より陽越を射る有りて、之を殺す。陽虎、公と武叔とを劫かして以て孟氏を伐つ。公斂處父、成人を帥ゐ、上東門より入りて陽氏と南門の內に戰ふ。勝たず。又棘下に戰ふ。陽氏敗る。陽氏、甲を說きて公宮に如き、寶玉・大弓を取りて以て出で、五父の衢に舍る。寢ねて食を為る。其の徒曰く、「追ふもの其れ將に至らんとす」と。虎曰く、「魯人、余の出づるを聞かば、死を徵すを喜ばん。何の暇ありてか余を追はん」と。從者曰く、「嘻、速かに駕せよ。公斂陽在り」と。公斂陽、之を追はんことを請ふ。孟孫許さず。陽、桓子を殺さんと欲す。孟孫懼れて之を歸す。子言、辨く爵を季氏の廟に舍きて出づ。陽虎、讙・陽關に入りて以て叛く。鄭の駟歂、子大叔を嗣ぎて政を為す。
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