智囊 / 敏悟・戴顒
自漢世始有佛像,形制未工。宋世子鑄丈六銅像於瓦官寺。既成,恨面瘦,工人不能改,迎戴顒視之。顒曰:「非面瘦,乃臂胛肥耳。」為減臂胛,遂不覺瘦。〔評議〕用侈便覺財匱,官貪便覺民貧,將弱便覺敵強。舉隅善反,所通者大。
新字:自漢世始有仏像,形制未工。宋世子鋳丈六銅像於瓦官寺。既成,恨面痩,工人不能改,迎戴顒視之。顒曰:「非面痩,乃臂胛肥耳。」為減臂胛,遂不覚痩。〔評議〕用侈便覚財匱,官貪便覚民貧,将弱便覚敵強。舉隅善反,所通者大。
書き下し
漢の世より始めて仏像有り、形制未だ工ならず。宋の世子、丈六の銅像を瓦官寺に鋳る。既に成りて、面の瘦せたるを恨み、工人改むる能わず、戴顒を迎えてこれを視しむ。顒曰く、「面瘦せたるに非ず、乃ち臂胛の肥えたるのみ」と。為に臂胛を減ずれば、遂に瘦せたるを覚えず。〔評議〕侈を用うれば便ち財の匱しきを覚え、官貪なれば便ち民の貧しきを覚え、将弱ければ便ち敵の強きを覚ゆ。隅を挙げて善く反し、通ずる所の者は大なり。
現代語訳
漢の時代から仏像が作られるようになったが、形のつくりはまだ巧みではなかった。宋の世子が丈六(約四・八メートル)の銅像を瓦官寺に鋳造させた。出来上がってみると、顔が痩せ過ぎているのが残念だったが、職人たちは直せなかったので、戴顒を招いて見てもらった。戴顒は言った。「顔が痩せているのではなく、腕と肩が太すぎるのです。」そこで腕と肩を削ったところ、もう痩せているとは感じなくなった。〔評議〕贅沢をすれば財が乏しくなったと感じ、役人が貪欲であれば民が貧しくなったと感じ、将軍が弱ければ敵が強いと感じる。一つの隅を示して他の隅を推し量れば、通じる範囲は大きい。
解説
顔が痩せて見える原因が、顔そのものではなく腕と肩の太さにあるという、全体のバランスの見抜きを描いた話です。症状の場所と原因の場所が違うことは、経営でもよくあります。売上不足と見える問題の原因が支出の過剰にあったり、離職が多いと見える問題の原因が管理者の力量にあったりします。評議は、相対的な見え方が問題の感じ方を決めるという視点で、三つの例えを添えています。管理職は、悪い部分を直接触るより、周りとの関係を再調整して全体の見え方を変えるという選択肢を持つとよいでしょう。
この章句が説くこと
面痩臂胛肥戴顒バランス原因分析舉隅善反
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