人物志 / 八觀
愛不可少於敬,少於敬,則廉節者歸之,而眾人不與。愛多於敬,則雖廉節者不悅,而愛接者死之。何則?
新字:愛不可少於敬,少於敬,則廉節者帰之,而衆人不与。愛多於敬,則雖廉節者不悦,而愛接者死之。何則?
書き下し
愛は敬より少なかるべからず。敬より少なければ、則ち廉節の者之に帰すれども、衆人与せず。愛、敬より多ければ、則ち廉節の者悦ばずと雖も、愛接する者之に死す。何となれば則ち、
現代語訳
愛は敬より少なくてはならない。愛が敬より少なければ、清廉で節操のある者は付き従うが、多くの人は味方しない。愛が敬より多ければ、清廉で節操のある者は喜ばないとしても、愛をもって接してもらった者は、その人のために命も投げ出す。なぜそうなるのか。
解説
八観の第五「愛敬」の核心である。劉劭は、愛が敬より少ないと、清廉で節操ある一部の人は従っても大勢はついてこない、愛が敬より多いと、節操を重んじる人は喜ばなくても、愛された者は命をかけて尽くす、と言う。続けて劉劭は、敬の道は厳しく人を遠ざけるので長続きしにくく、愛の道は情が深く人を動かすからだと理由を述べる。礼の秩序を重んじる儒家の中で、あえて愛の重みを強調したところに、乱世で人を率いた経験に根ざした現実感がある。組織の長が規律と礼節だけで臨めば、一部の優秀な人は残っても、多くの人の心は離れる。厳しさを保ちつつも、それを上回る親しみを示すことが、人を動かす力になるという教えである。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
敬愛愛敬人心バランス人望統率
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『晏子春秋』外篇上・景公坐路寢曰誰將有此晏子諫景公路寝に坐して、曰く、「美なるかな室、其れ誰か将に此を有たんとするか」と。晏子対えて曰く、「其れ田氏か。田無宇は垾を為せり」と。公曰く、「然らば則ち奈何」と。晏子対えて曰く、「善を為す者は、君上の勧むる所なり。豈に禁ず可けんや。夫れ田氏は、国門に柝を撃つの家にして、父は以て其の子に托し、兄は以て其の弟に托し、今に於て三世なり。山の木は市の如くにして、山に加えず。魚塩蚌蜃は、海に加えず。民財之が為に帰す。今歳凶饑にして、蒿種芼斂は半ばならず、道路に死人有り。斉の旧四量は、四升を豆と為し、豆四にして区、区四にして釜、釜十にして鐘なり。田氏の四量は、各々一を加う。家の量を以て貸し、公の量を以て収む。則ち糴する所以、百姓の死命を澤うこと多し。今公家は驕汰にして、田氏は慈恵なり。国の澤は是に焉くにか帰せん。田氏は徳無しと雖も、民に施す有り。公厚く斂め、田氏は厚く施す。詩に曰く、『汝に与うる徳無しと雖も、式て歌い且つ舞う』と。田氏の施しは、民之を歌舞するなり。国の帰するも、亦た宜ならずや」と。
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