孫子 / 用間篇
因是而知之,故鄉間、內間可得而使也;因是而知之,故死間為誑事,可使告敵;因是而知之,故生間可使如期。
新字:因是而知之,故鄉間、内間可得而使也;因是而知之,故死間為誑事,可使告敵;因是而知之,故生間可使如期。
書き下し
是に因りて之を知る、故に郷間・内間得て使う可きなり。是に因りて之を知る、故に死間は誑事を為して、敵に告げしむ可し。是に因りて之を知る、故に生間は期の如くならしむ可し。
現代語訳
反間によって敵情を知る。だから郷間と内間を使うことができる。反間によって知る。だから死間に偽りの事を作らせ、敵に告げさせることができる。反間によって知る。だから生間を予定どおりに動かすことができる。
解説
因是而知之という同じ句が三度繰り返される。反間から得た知識が、他のすべての間を可能にするという構造の宣言である。孫子がこれを三度も書いたのは、順序を強調するためだろう。五つの間は並列ではない。反間が起点にあり、そこから残りが派生する。この構造は、情報収集の設計として実用的である。いきなり複数の経路を作ろうとしても、誰に当たればよいかが分からない。まず内部に通じた一つの経路を確保すれば、そこから他の経路の作り方が見えてくる。順序を守れば少ない労力で網が広がり、順序を無視すれば、どの経路も浅いまま終わる。何から始めるかを間違えないこと。孫子が繰り返した理由はそこにある。
この章句が説くこと
反間起点逆利用情報戦順序情報網
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