智囊 / 靈變・呂頤浩
建炎之役,及水濱,而衛士懷家流言。呂相頤浩以大義諭解,且怵以利曰:「先及舟者,遷五秩,署名而以堂印志之。」其不遜倡率者,皆側用印記。事平,悉別而誅賞之。〔述評〕六合之戰,周士卒有不致力者。宋祖陽為督戰,以劍斲其皮笠。明日遍閱皮笠有劍跡者數十人,悉斬之。由是部兵莫不盡死。此與呂相事異而智同。
新字:建炎之役,及水浜,而衛士懐家流言。呂相頤浩以大義諭解,且怵以利曰:「先及舟者,遷五秩,署名而以堂印志之。」其不遜倡率者,皆側用印記。事平,悉別而誅賞之。〔述評〕六合之戦,周士卒有不致力者。宋祖陽為督戦,以剣斲其皮笠。明日遍閲皮笠有剣跡者数十人,悉斬之。由是部兵莫不尽死。此与呂相事異而智同。
書き下し
建炎の役に、水浜に及びて、衛士は家を懐いて流言す。呂相頤浩は大義を以て諭解し、且つ怵かすに利を以てして曰く、「先に舟に及ぶ者は、五秩を遷し、名を署して堂印を以て之を志さん」と。其の不遜にして倡い率いる者は、皆な側らに印記を用う。事平らぐや、悉く別ちて之を誅賞す。〔述評〕六合の戦に、周の士卒に力を致さざる者有り。宋祖は陽りて督戦し、剣を以て其の皮笠を斲る。明日、遍く閲するに、皮笠に剣の跡ある者数十人、悉く之を斬る。是れより部兵は尽く死せざる莫し。此れは呂相と事は異なれど智は同じ。
現代語訳
建炎の戦いのとき、水辺に至って、衛兵たちは家族を思い、流言を飛ばした。宰相の呂頤浩は大義を説いて諭し、さらに利で奮い立たせて言った。「先に舟に乗った者は、五階級昇進させ、名前を書き、役所の印でしるしをつけよう」。その中で不遜な言葉を言い出して先導した者には、こっそり脇に別の印をつけた。事が収まると、すべて区別して、罰する者と賞する者を分けた。〔述評〕六合の戦いで、周の兵に力を尽くさない者がいた。宋の太祖は、督戦するふりをして、剣で兵の皮の笠を切りつけた。翌日、全員の笠を調べ、剣の跡のある者数十人を、すべて斬った。これ以後、部下の兵はみな死を覚悟して戦った。これは呂宰相の話とは事柄は違うが、知恵は同じである。
解説
この章句が説くこと
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言志四録・言志録 第四十九条 賞罰に私を容れず天工を助くる者は、我従ひて之を賞す。天物を戕ふ者は、我従ひて之を罰す。人君は私を容るるに非ず。
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