智囊 / 靈變・段秀實
段秀實為司農卿,會朱泚反。時源休教泚追逼天子,遣將韓旻領銳師三千疾馳奉天。秀實以為此係危逼之時,遣人諭大吏岐靈岳竊取姚令言印,不獲,乃倒用司農印,追其兵。旻至駱谷驛,得符而還。〔按〕《抱樸子》云:「古人入山,皆佩黃神白章之印,行見新虎跡,以順印印之,虎即去;以逆印印之,虎即還。」今人追捕逃亡文書,但倒用印,賊可必得。段公倒印,亦或用此法。
新字:段秀実為司農卿,会朱泚反。時源休教泚追逼天子,遣将韓旻領鋭師三千疾馳奉天。秀実以為此係危逼之時,遣人諭大吏岐霊岳窃取姚令言印,不獲,乃倒用司農印,追其兵。旻至駱谷駅,得符而還。〔按〕《抱樸子》云:「古人入山,皆佩黄神白章之印,行見新虎跡,以順印印之,虎即去;以逆印印之,虎即還。」今人追捕逃亡文書,但倒用印,賊可必得。段公倒印,亦或用此法。
書き下し
段秀実は司農卿と為る。朱泚の反するに会う。時に源休は泚に教えて天子を追逼せしめ、将の韓旻を遣わして鋭師三千を領し、疾馳して奉天に赴かしむ。秀実は此れ危逼の時に係わると以為い、人を遣わして大吏の岐霊岳に諭し、姚令言の印を竊取せしめんとするも獲ず。乃ち司農の印を倒して用い、其の兵を追う。旻は駱谷の駅に至り、符を得て還れり。〔按〕《抱朴子》に云う、「古人は山に入るに、皆な黄神白章の印を佩ぶ。行きて新しき虎の跡を見れば、順印を以て之に印すれば、虎は即ち去る。逆印を以て之に印すれば、虎は即ち還る」と。今の人の逃亡を追捕する文書は、ただ倒して印を用うれば、賊は必ず得べし。段公の倒印も、亦た或いは此の法を用いたるならん。
現代語訳
段秀実は司農卿であった。朱泚が反乱を起こした。そのとき源休は朱泚に天子を追いつめるよう教え、将の韓旻に精鋭三千を率いさせ、急いで奉天に向かわせた。秀実は、これは危急存亡のときだと考え、人を遣わして大吏の岐霊岳に言い含めさせ、姚令言の印を盗ませようとしたが、うまくいかなかった。そこで司農の印を逆さにして押し、その兵を呼び戻した。旻は駱谷の宿駅に着いたとき、この符を受け取って引き返した。〔按〕『抱朴子』にはこうある。「昔の人は山に入るとき、みな黄神白章の印を身につけた。新しい虎の足跡を見たら、印を正しく押すと虎は去り、逆さに押すと虎は戻ってくる」。今の人が逃亡者を追跡する文書で、ただ印を逆さに使えば、必ず賊を捕らえられるという。段公が印を逆さに用いたのも、あるいはこの方法を使ったのかもしれない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 呉王濞列伝当に賜ふべき者有らば寡人に告げよ。寡人且に往きて之を遺らんとす。敬みて以て聞す」と。七国反するの書天子に聞す。天子乃ち太尉条侯周亜夫をして三十六将軍を将ゐて、往きて呉楚を撃たしむ。曲周侯酈寄を遣はして趙を撃たしむ。将軍欒布斉を撃つ。大将軍竇嬰滎陽に屯し、斉趙の兵を監す。呉楚反するの書聞す。兵未だ発せず、竇嬰未だ行かざるに、故の呉の相袁盎を言ふ。盎時に家居す。詔して召して入見せしむ。上方に晁錯と兵を調へ軍食を笇ふ。上袁盎に問ひて曰く、「君嘗て呉の相為り。呉の臣田禄伯の人と為りを知るか。今呉楚反す。公に於て何如」と。対へて曰く、「憂ふるに足らざるなり。今破れん」と。上曰く、「呉王山に即きて銭を鋳、海水を煮て塩と為し、天下の豪桀を誘ひ、白頭にして事を挙ぐ。此の若くんば、其の計百全ならずんば、豈に発せんや。何を以て其の能く為す無しと言ふや」と。袁盎対へて曰く、「呉に銅塩の利有るは則ち之有り。安くんぞ豪桀を得て之を誘はん。誠に呉をして豪桀を得しめば、亦且に王を輔けて義を為さんとし、反せざらん。呉の誘ふ所は皆無頼の子弟、亡命して銭を鋳る姦人なり。故に相率ゐて以て反す」と。晁錯曰く、「袁盎の之を策すること善し」と。上問ひて曰く、「計安くにか出づる」と。盎対へて曰く、「願はくは左右を屏けよ」と。上人を屏く。独り錯在り。盎曰く、「臣の言ふ所は、人臣知るを得ざるなり」と。乃ち錯を屏く。錯趨りて東廂に避け、恨むこと甚だし。上卒に盎に問ふ。盎対へて曰く、「呉楚相遺る書に曰く、『高帝子弟を王とし各々分地有り。今賊臣晁錯擅に諸侯を適過し、之が地を削奪す』と。故に反するを以て名と為し、西して共に晁錯を誅し、故地を復して罷めんとす。方今の計は、独り晁錯を斬り、使を発して呉楚七国を赦し、其の故の削地を復せば、則ち兵は刃に血ぬること無くして倶に罷むべし」と。是に於て上嘿然たること良久しくして、曰く、「顧ふに誠に何如。吾一人を愛しみて以て天下に謝せざらんや」と。盎曰く、「臣の愚計は此に出づる無し。願はくは上之を孰計せよ」と。
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説苑・君道高宗なる者は武丁なり、高くして之を宗とす、故に高宗と号す。成湯の後、先王の道欠け、刑法違犯せられ、桑穀倶に朝に生じ、七日にして大いに拱す。武丁其の相を召して之を問う。其の相曰く、「吾之を知ると雖も、吾言うを得ざるなり。之を祖己に聞く、桑穀なる者は野草なり、而して朝に生ず、意うに国亡びんとするか」と。武丁恐駭し、身を飭め行いを修め、先王の政を思い、滅国を興し絶世を継ぎ、逸民を挙げ、養老を明らかにす。三年の後、蛮夷重訳して朝する者七国、此を之れ存亡継絶の主と謂う、是を以て高くして之を尊ぶなり。
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説苑・奉使秦楚兵を轂う。秦王人をして楚に使いせしむ。楚王人をして之を戲れしめて曰く、「子來るに亦た之を卜せしか。」對えて曰く、「然り。」「卜して何をか謂うや。」對えて曰く、「吉なり。」楚人曰く、「噫、甚だしいかな、子の國良龜無きなり。王將に子を殺して以て鐘に釁らんとす、其の吉なること如何。」使者曰く、「秦楚兵を轂う、吾が王我をして先んじて窺わしむ。我死して還らずんば、則ち吾が王警戒を知り、兵を整齊して以て楚に備う。是れ吾が所謂吉なり。且つ死者にして知無くんば、又た何ぞ鐘に釁らん。死者にして知有らば、吾豈に秦を錯きて楚を相みんや。我將に楚の鐘鼓をして聲無からしめんとす。鐘鼓聲無くんば則ち將に其の士卒を整齊して君の軍を理むる無からんとす。夫れ人の使いを殺し、人の謀を絕つは、古の通議に非ざるなり。子大夫試みに熟ら之を計れ。」使者以て楚王に報ず。楚王之を赦す。此れを之れ「造命」と謂う。
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『春秋左氏伝』哀公十六年 葉公、冑を免ぐ遂に之を殺して、王を以て高府に如く。石乞、門に尹たり。圉公陽、宮に穴し、王を負ひて以て昭夫人の宮に如く。葉公も亦た至る。北門に及ぶ。或ひと之に遇ひて曰く、「君胡ぞ冑せざる。國人の君を望むこと、慈父母を望むが如し。盜賊の矢、若し君を傷つけば、是れ民の望を絕つなり。之を若何ぞ冑せざる」と。乃ち冑して進む。又一人に遇ふ。曰く、「君胡ぞ冑する。國人の君を望むこと、歲を望むが如し。日日以て幾ふ。若し君の面を見ば、是れ艾を得るなり。民、死せざるを知らば、其れ亦た夫の奮心有らん。猶ほ將に君を旌して以て國に徇へんとす。而るを反つて面を掩ひて以て民の望を絕つ。亦た甚だしからずや」と。乃ち冑を免ぎて進む。箴尹固の、其の屬を帥ゐて將に白公に與せんとするに遇ふ。子高曰く、「二子微かりせば、楚は國ならず。德を棄てて賊に從ふ、其れ保つ可けんや」と。乃ち葉公に從ふ。國人と與に以て白公を攻めしむ。白公、山に奔りて縊る。其の徒、之を微す。石乞を生拘して、白公の死を問ふ。對へて曰く、「余、其の死所を知る。
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