智囊 / 權奇・智醫
唐時京城有醫人,忘其姓名。有一婦人,從夫南中,曾誤食一蟲,常疑之,由是成疾,頻療不痊,請看之。醫者知其所患,乃請主人姨女爾中謹密者一人,預戒之曰:「今以藥吐瀉,即以盤盂盛之。當吐之時,但言有一小蛤蟆走去。然切不得令病者知是誑語也。」其女爾僕遵之,此疾永除。又有一少年,眼中常見一小鏡子,俾醫工趙卿診之。與少年期,來晨以魚鱠奉候。少年及期赴之,延於內,且令從容,候客退後方接。俄而設台,止施一甌芥醋,更無他味,卿亦未出。迨久促不至,少年飢甚,聞醋香,不覺屢啜之,覺胸中豁然,眼花不見,因啜盡。趙卿乃出,少年慚謝。卿曰:「郎君先因吃膾太多,飲醋不快,又有魚鱗於胸中,所以眼花。適來所備芥醋,只欲郎君因飢以啜之,今果愈疾。烹鮮之會,乃權詐耳!請退謀朝餐。」
新字:唐時京城有医人,忘其姓名。有一婦人,従夫南中,曽誤食一虫,常疑之,由是成疾,頻療不痊,請看之。医者知其所患,乃請主人姨女爾中謹密者一人,預戒之曰:「今以薬吐瀉,即以盤盂盛之。当吐之時,但言有一小蛤蟆走去。然切不得令病者知是誑語也。」其女爾僕遵之,此疾永除。又有一少年,眼中常見一小鏡子,俾医工趙卿診之。与少年期,来晨以魚鱠奉候。少年及期赴之,延於内,且令従容,候客退後方接。俄而設台,止施一甌芥醋,更無他味,卿亦未出。迨久促不至,少年飢甚,聞醋香,不覚屡啜之,覚胸中豁然,眼花不見,因啜尽。趙卿乃出,少年慚謝。卿曰:「郎君先因吃膾太多,飲醋不快,又有魚鱗於胸中,所以眼花。適来所備芥醋,只欲郎君因飢以啜之,今果愈疾。烹鮮之会,乃権詐耳!請退謀朝餐。」
書き下し
唐の時、京城に医人有り、其の姓名を忘る。一婦人有り、夫に南中に従い、曽て誤りて一虫を食らい、常にこれを疑い、是に由り疾を成し、頻りに療すれども痊えず。請いて看しむ。医者其の患う所を知り、乃ち主人の姨女の爾中の謹密なる者一人を請い、預め之を戒めて曰く、「今、薬を以て吐瀉せしむ。即ち盤盂を以て之を盛れ。吐く時に当たりて、但だ『一小さき蛤蟆の走り去る有り』と言え。然れども切に病者をして是れ誑語なるを知らしむるを得ざれ」と。其の女爾僕、之に遵い、此の疾永く除かる。又一少年有り、眼中に常に一小鏡子を見る。医工趙卿をして之を診せしむ。少年と期し、来晨に魚膾を以て奉じ候うと。少年期に及んで之に赴く。延きて内に於いてし、且つ従容たらしめ、客の退きて後に方に接せんと候つ。俄にして台を設け、止だ一甌の芥醋を施すのみ、更に他味無く、卿も亦た未だ出でず。久しきに迨るまで促せども至らず。少年飢えること甚だしく、醋の香を聞き、覚えず屢々之を啜る。胸中豁然として、眼花見えざるを覚え、因りて啜り尽くす。趙卿乃ち出づ。少年慚じ謝す。卿曰く、「郎君は先に膾を吃すこと太だ多きに因り、醋を飲みて快からず。又魚鱗の胸中に有り。所以に眼花あり。適来備うる所の芥醋は、只だ郎君の飢うるに因りて之を啜らしめんと欲するのみ。今果たして疾愈ゆ。烹鮮の会は、乃ち権詐なり。請う、退きて朝餐を謀れ」と。
現代語訳
唐の時代、都に一人の医者がいたが、その姓名は忘れられている。ある婦人が、夫に従って南方に行き、かつて誤って虫を一匹食べてしまい、それをずっと気にして、そのために病気になり、何度治療しても治らなかった。そこでこの医者に診てもらった。医者はその原因を知り、そこで主人の姪で、口が堅く注意深い者を一人頼んで、あらかじめ言い含めた。「これから薬で吐かせ下させます。そうしたら盤や鉢で受けてください。吐いたとき、ただ『小さな蛙が走って逃げた』とだけ言ってください。ただし、病人にこれが偽りの言葉だと決して知られてはなりません」。その姪は言われたとおりにし、病は永く癒えた。また一人の若者がいて、目の中にいつも小さな鏡のようなものが見えた。医者の趙卿に診てもらった。趙卿は若者と約束し、翌朝に魚のなますをごちそうしようと言った。若者は約束の時刻に赴いた。奥に通され、落ち着いて待つよう言われ、客が帰ってから会うということだった。しばらくして食卓が設けられたが、出てきたのはただ一杯の芥子酢だけで、他の味はなく、趙卿もまだ出てこなかった。長く待っても来ない。若者は非常に空腹で、酢の香りを嗅ぎ、思わず何度もすすった。胸がすっきりし、目のちらつきが消えたのを感じて、すべて飲み干した。そこで趙卿が出てきた。若者は恥じ入って詫びた。趙卿は言った。「あなたは前になますを食べすぎ、酢を飲んでもすっきりしなかった。また魚の鱗が胸の中にある。だから目がちらつくのです。さきほど用意した芥子酢は、あなたが空腹のあまりそれを飲むようにしたかっただけです。今、果たして病は治りました。なますの会食は、方便の偽りにすぎません。さあ、お帰りになって朝食を召し上がってください」。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』小慧・幻術凡そ幻戯の術は、多く偽妄に係る。金陵の人に薬を売る者有り、車に大士の像を載せて病を問い、薬を大士の手の中より過ごし、手に留まりて下らざる者有らば、則ち人に服することを許す、日に千銭を獲たり。少年子の傍らより観る有り、其の術を得んと欲す。人の散ずるを俟ちて後、邀えて酒家に飲み、酒銭を付さず、飲み畢わりて竟に出ず、酒家は見ざるが如し。是の如くすること三たび、売薬の人は其の法を叩く、曰く、「此れ小術のみ、君は相い易えんことを許さば、幸甚なり」と。売薬の人曰く、「我に他無し、大士の手は是れ磁石にして、薬に鉄屑有らば則ち黏するのみ」と。少年曰く、「我は更に他無し、先に銭を以て酒家に付し、客の到れば絶えて相い問わざることを約するに過ぎず」と。彼此大いに笑いて罷む。
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