智囊 / 小慧・某秀才・定遠弓箭手
王卞於軍中置宴。一角抵夫甚魁岸,負大力,諸健卒與較,悉不敵。坐間一秀才自言能勝之,乃以左指略展,魁岸者輒倒,卞以為神,叩其故。秀才云:「此人怕醬,預得之同伴;先入廚,求得少許醬,彼見輒倒耳。」濠州定遠縣一弓手善用矛。有一偷亦精此技,每欲與決生死。一日,弓手因事至村,值偷適在市飲,勢不可避,遂曳矛而鬥。觀者如堵。久之,各未能進,弓手忽謂偷曰:「尉至矣,我與你皆健者,汝敢與我尉前決生死乎?」偷曰:「諾。」弓手應聲刺之而斃,蓋乘其隙也。又有人曾遇強寇,鬥方接刃,寇先含水滿口,忽噀其面,其人愕然,刃已揕胸。後有一壯士復與寇遇,已先知噀水之事,寇復用之,反為所刺。
新字:王卞於軍中置宴。一角抵夫甚魁岸,負大力,諸健卒与較,悉不敵。坐間一秀才自言能勝之,乃以左指略展,魁岸者輒倒,卞以為神,叩其故。秀才云:「此人怕醬,預得之同伴;先入廚,求得少許醬,彼見輒倒耳。」濠州定遠県一弓手善用矛。有一偸亦精此技,毎欲与決生死。一日,弓手因事至村,値偸適在市飲,勢不可避,遂曳矛而鬥。観者如堵。久之,各未能進,弓手忽謂偸曰:「尉至矣,我与你皆健者,汝敢与我尉前決生死乎?」偸曰:「諾。」弓手応声刺之而斃,蓋乗其隙也。又有人曽遇強寇,鬥方接刃,寇先含水満口,忽噀其面,其人愕然,刃已揕胸。後有一壮士復与寇遇,已先知噀水之事,寇復用之,反為所刺。
書き下し
王卞は軍中に宴を置く。一角抵夫の甚だ魁岸にして大力を負う者有り、諸健卒と較うるに、悉く敵せず。坐間の一秀才は自ら能く之に勝つと言い、乃ち左指を以て略ぼ展ぶるに、魁岸の者は輒ち倒る、卞は以て神と為し、其の故を叩く。秀才云う、「此の人は醬を怕る、預め之を同伴より得たり、先に廚に入り、少許の醬を求め得て、彼の見れば輒ち倒るるのみ」と。濠州定遠県の一弓手は善く矛を用う。有偸も亦た此の技に精にして、毎に与に生死を決せんと欲す。一日、弓手は事に因りて村に至り、偸の適ま市に在りて飲むに値い、勢い避くべからず、遂に矛を曳きて闘う。観る者は堵の如し。久しくして、各ず未だ進むこと能わず、弓手は忽ち偸に謂いて曰く、「尉至れり、我と汝は皆な健者なり、汝は敢えて我と尉の前に生死を決せんや」と。偸曰く、「諾」と。弓手は声に応じて之を刺して斃す、蓋し其の隙に乗ずるなり。又た人の曾て強寇に遇う有り、闘い方に刃を接するに、寇は先に水を含みて口に満たし、忽ち其の面に噀く、其の人は愕然とし、刃は已に胸に揕さる。後に一壮士の復た寇と遇う有り、已に先に噀水の事を知り、寇は復た之を用い、反って刺す所と為る。
現代語訳
王卞は軍中で宴会を催した。体が大きく並外れた力を持つ力士がいて、屈強な兵士たちと組み合ったが、誰も歯が立たなかった。座の中にいた一人の書生が、自分は勝てると言い、左手の指を少しだけ伸ばすと、大男はたちまち倒れた。王卞は神業だと思い、そのわけを尋ねた。書生は言った。「この男は味噌が怖いのです。あらかじめ仲間から聞いておいて、先に厨房に入って少しの味噌をもらい、彼が見るとすぐ倒れるのです。」濠州定遠県のある弓手は、矛の使い方に優れていた。ある盗賊もこの技に長けていて、いつも生死を賭けて戦おうとしていた。ある日、弓手が用事で村に行くと、盗賊がちょうど市場で飲んでいるのに出くわし、避けることができずに、矛を引きずって戦った。見物人は垣のように集まった。長くたっても、双方とも踏み込めなかった。弓手は突然盗賊に言った。「役人が来た。私とお前はともに腕の立つ者だ。お前は役人の前で、私と生死を決する勇気があるか。」盗賊は「よし」と答えた。弓手は声に応じて突き刺し、倒した。相手の隙に乗じたのである。また、ある人が強盗に出会い、戦いが刃を交えるころ、強盗はあらかじめ口に水を含んでおき、突然その顔に吹きかけた。その人が驚いたとき、刃はすでに胸に突き刺さっていた。後に、ある壮士がまたこの強盗に出会い、すでに水を吹きかける手を知っていたので、強盗が再びそれを使うと、かえって自分が刺された。
解説
この章句が説くこと
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