智囊 / 權奇・楊暄
土木之變,內侍喜寧本胡種也。從太上於虜中,數導虜入寇,以敗和議。上患之。袁彬言於太上,遣寧傳命於宣府參將楊俊,索春衣,因使軍士高磐與俱。彬刻木藏書,係磐髀間,以示俊,俾因其來執之。俊既得書,與寧飲城下,磐抱寧大呼,俊從兵遂縛寧解京,處以極刑。於是虜失嚮導,厭兵,遂許返蹕。按,彬周旋虜中,與英廟同起處,其宣力最多,而誅寧尤為要著,亦寧武子之亞也。
新字:土木之変,内侍喜寧本胡種也。従太上於虜中,数導虜入寇,以敗和議。上患之。袁彬言於太上,遣寧伝命於宣府参将楊俊,索春衣,因使軍士高磐与倶。彬刻木蔵書,係磐髀間,以示俊,俾因其来執之。俊既得書,与寧飲城下,磐抱寧大呼,俊従兵遂縛寧解京,処以極刑。於是虜失嚮導,厭兵,遂許返蹕。按,彬周旋虜中,与英廟同起処,其宣力最多,而誅寧尤為要著,亦寧武子之亜也。
書き下し
土木の変、内侍の喜寧は本は胡種なり。太上に虜中に従い、数々虜を導きて入寇せしめ、以て和議を敗る。上これを患う。袁彬、太上に言い、寧を遣わして宣府の参将楊俊に命を伝え、春衣を索めしめ、因りて軍士の高磐をして与に俱にせしむ。彬、木を刻みて書を蔵し、磐の髀の間に係け、以て俊に示し、因りてその来るに俾いてこれを執えしむ。俊既に書を得て、寧と城下に飲む。磐、寧を抱きて大呼す。俊の従兵、遂に寧を縛して京に解き、処するに極刑を以てす。是に於て虜は嚮導を失い、兵を厭い、遂に返蹕を許す。按ずるに、彬は虜中に周旋し、英廟と起処を同にし、その力を宣ぶること最も多し。而して寧を誅するは尤も要著と為す。亦た寧武子の亜なり。
現代語訳
土木の変のとき、宦官の喜寧はもともと胡人の出であった。太上皇(英宗)に従って敵地におり、たびたび敵を案内して侵入させ、和議を壊した。今上はこれを心配した。袁彬は太上皇に進言し、喜寧を遣わして宣府の参将楊俊に命令を伝えさせ、春の衣を求めさせるとともに、兵士の高磐を同行させた。袁彬は木を刻んで中に手紙をかくし、高磐の太ももに縛りつけ、楊俊に示させて、その機会に喜寧を捕らえさせようとした。楊俊は手紙を手に入れ、喜寧と城下で酒を飲んだ。高磐が喜寧に抱きついて大声で叫ぶと、楊俊の従兵が喜寧を縛り、都に送って極刑に処した。こうして敵は道案内を失い、戦に倦み、ついに太上皇の帰還を許した。思うに、袁彬は敵地で立ち回り、英宗と起居をともにし、力を尽くしたことが最も多い。そして喜寧を誅したことは特に重要な策である。これも衛の寧武子に次ぐ人物である。
解説
この章句が説くこと
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