智囊 / 權奇・楊暄
〔述評〕此與張說斥張昌宗保全魏元忠事同軸。然說故多權智,又得宋王景諸人再三勉勵,而後收蓬麻之益;楊暄一介小人,未嘗讀書通古,而能出一時之奇,抗天威而塞奸吻,不唯全袁彬,並全李賢。不唯全二忠臣,且能去一大奸惡,智既十倍於說,即其功亦十倍於說也!一時縉紳之流,依阿事達者不少,睹此事,有不吐舌;聞此事,有不愧汗者乎?豈非衣冠牽於富貴之累,而匹夫迫於是非之公哉!洪武時,上嘗怒宋濂,使人即其家誅之。馬太后是日茹素,上問故,後曰:「聞今日誅宋先生,妾不能救,聊為持齋以資冥福耳。」上悟,即馳驛使人赦之。薛文清王景既忤王振,詔縛詣市殺之。振有老僕,是日大哭廚下,振問:「何哭?」僕對曰:「聞今日薛夫子將刑故也。」振聞而怒解,適王偉申救,遂得免。夫老僕之一哭,其究遂與聖母同功,斯亦奇矣!語曰:「是非之心,智也!」智豈以人而限哉!
新字:〔述評〕此与張説斥張昌宗保全魏元忠事同軸。然説故多権智,又得宋王景諸人再三勉励,而後収蓬麻之益;楊暄一介小人,未嘗読書通古,而能出一時之奇,抗天威而塞奸吻,不唯全袁彬,並全李賢。不唯全二忠臣,且能去一大奸悪,智既十倍於説,即其功亦十倍於説也!一時縉紳之流,依阿事達者不少,睹此事,有不吐舌;聞此事,有不愧汗者乎?豈非衣冠牽於富貴之累,而匹夫迫於是非之公哉!洪武時,上嘗怒宋濂,使人即其家誅之。馬太后是日茹素,上問故,後曰:「聞今日誅宋先生,妾不能救,聊為持斎以資冥福耳。」上悟,即馳駅使人赦之。薛文清王景既忤王振,詔縛詣市殺之。振有老僕,是日大哭廚下,振問:「何哭?」僕対曰:「聞今日薛夫子将刑故也。」振聞而怒解,適王偉申救,遂得免。夫老僕之一哭,其究遂与聖母同功,斯亦奇矣!語曰:「是非之心,智也!」智豈以人而限哉!
書き下し
〔述評〕此れ張説が張昌宗を斥けて魏元忠を保全せしと事は軸を同じくす。然れども説は故より権智多く、又宋王景ら諸人の再三の勉励を得、而る後に蓬麻の益を収む。楊暄は一介の小人、未だ嘗て書を読み古に通ぜず、而るに能く一時の奇を出だし、天威に抗して奸吻を塞ぐ。唯だ袁彬を全くするのみならず、並びに李賢を全くす。唯だ二忠臣を全くするのみならず、且つ能く一大奸悪を去る。智は既に説に十倍し、その功も亦た説に十倍するなり。一時の縉紳の流、依阿して達に事うる者少なからず。此の事を睹て、舌を吐かざる有らんや。此の事を聞きて、愧汗せざる者有らんや。豈に衣冠の富貴の累に牽かれ、而して匹夫は是非の公に迫らるるに非ずや。洪武の時、上嘗て宋濂に怒り、人をしてその家に即きてこれを誅せしむ。馬太后、是の日茹素す。上、故を問う。後曰く、「聞く、今日宋先生を誅すと。妾救う能わず。聊か斎を持して以て冥福を資くるのみ」と。上悟り、即ち駅を馳せて人を使わしてこれを赦す。薛文清、王景既に王振に忤い、詔して縛して市に詣り殺さしむ。振に老僕有り、是の日厨下に大いに哭す。振問う、「何ぞ哭する」と。僕対えて曰く、「今日薛夫子の将に刑せられんとすると聞くが故なり」と。振聞きて怒り解け、適たま王偉の申救あり、遂に免るるを得たり。夫れ老僕の一哭、その究は遂に聖母と功を同じくす。斯れ亦た奇なるかな。語に曰く、「是非の心は智なり」と。智は豈に人を以て限らんや。
現代語訳
〔述評〕これは張説が張昌宗を退けて魏元忠を守った話と同じ筋である。しかし張説はもとより権謀に長け、また宋璟らの再三の励ましを得て、そのあとで「蓬も麻に交われば」の益を収めた。楊暄はただの小人で、書を読んだことも古事に通じたこともないのに、一時の奇策を出し、天子の威に逆らって奸臣の口をふさいだ。袁彬を守っただけでなく、李賢をも守った。二人の忠臣を守っただけでなく、一人の大悪人まで取り除いた。知恵は張説の十倍で、功績も張説の十倍である。当時の高官たちの中には、門達にへつらって仕えた者が少なくなかった。この事を見て、舌を巻かない者があろうか。この事を聞いて、恥じて冷や汗をかかない者があろうか。思うに、官僚は富貴のしがらみに引かれ、庶民は是非の公正に迫られるのではないか。洪武のころ、帝は宋濂に怒り、人を遣わして家で誅殺させようとした。馬皇后はその日、精進料理を食べていた。帝がわけを問うと、皇后は言った。「聞けば、今日宋先生を誅するとのこと。私は救えませんので、せめて精進して冥福を祈っております」。帝は悟り、すぐに駅馬を走らせて人を遣わし、赦した。薛文清(薛瑄)と王景は王振に逆らい、詔により縛られて市で殺されることになった。王振には老僕がいて、その日、台所でおいおい泣いた。王振が「なぜ泣く」と問うと、老僕は「今日、薛先生が処刑されると聞いたからです」と答えた。王振はこれを聞いて怒りが解け、ちょうど王偉が救いを申し出たので、薛瑄は免れた。老僕のひと泣きは、結局聖母(馬皇后)と同じ功をなした。これも不思議である。『孟子』にいう、「是非を分ける心は智である」と。智は身分で限られるものではない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』哀公六年 孺子の牛冬、十月、丁卯、之を立つ。將に盟はんとす。鮑子醉ひて往く。其の臣差車の鮑點曰く、「此れ誰の命ぞ」と。陳子曰く、「命を鮑子に受く」と。遂に鮑子を誣ひて曰く、「子の命なり」と。鮑子曰く、「女(なんぢ)、君の孺子の牛と為りて其の齒を折りしを忘れたるか。而るに之に背くか」と。悼公稽首して曰く、「吾子は義を奉じて行ふ者なり。若し我可ならば、必ずしも一大夫を亡はず。若し我可ならずんば、必ずしも一公子を亡はず。義なれば則ち進み、否なれば則ち退かん。敢へて唯だ子に是れ從はざらんや。廢興以て亂るること無くんば、則ち願ふ所なり」と。鮑子曰く、「誰か君の子に非ざらん」と。乃ち盟を受く。胡姬をして安孺子を以て賴に如かしむ。鬻姒を去り、王甲を殺し、江說を拘へ、王豹を句竇の丘に囚ふ。公、朱毛をして陳子に告げしめて曰く、「子微かりせば則ち此に及ばず。然れども君は器に異なり、以て二にすべからず。器は二なれば匱しからず、君は二なれば難多し。敢へて諸を大夫に布く」と。僖子對へずして泣きて曰く、「君舉げて群臣を信ぜざるか。齊國の困を以て、困又憂有り。少君は以て訪ふべからず。是を以て長君を求む。庶(こひねが)はくは亦た能く群臣を容れんか。然らずんば、夫の孺子何の罪かあらん」と。毛復命す。公之を悔ゆ。毛曰く、「君、大は陳子に訪ひて、其の小を圖らば、可なり」と。毛をして孺子を駘に遷さしむ。至らずして、諸を野幕の下に殺し、諸を殳冒淳に葬る。
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論語・季氏篇孔子曰く、天下に道有れば、則ち礼楽征伐は天子より出づ。天下に道無ければ、則ち礼楽征伐は諸侯より出づ。諸侯より出づれば、蓋し十世にして失わざるは希なり。大夫より出づれば、五世にして失わざるは希なり。陪臣国命を執れば、三世にして失わざるは希なり。天下に道有れば、則ち政は大夫に在らず。天下に道有れば、則ち庶人は議せず。
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史記 呂太后本紀孝恵帝慈仁にして、太后の怒りを知り、自ら趙王を霸上に迎へ、与に宮に入り、自ら挾みて趙王と起居飲食を与にす。太后之を殺さんと欲するも、間を得ず。孝恵の元年十二月、帝晨に出でて射す。趙王少くして、蚤く起くる能はず。太后其の独り居るを聞き、人をして酖を持ちて之に飲ましむ。犁明、孝恵還る、趙王已に死せり。是に於て乃ち淮陽王友を徙して趙王と為す。夏、詔して酈侯の父に賜ひて追謚して令武侯と為す。
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論語・陽貨篇陽貨、孔子に見えんと欲す。孔子見えず。孔子に豚を帰す。孔子その亡きを時として往きてこれを拜す。塗にこれに遇う。陽貨曰わく、来れ、予、事有り。曰わく、宝を懐いてその邦に迷う、仁と謂うべけんや。曰わく、不可なり。事を好みて時を亟(しばしば)失う、知と謂うべけんや。曰わく、不可なり。曰わく、日月逝けり、歳我を与えず。孔子曰わく、諾、吾将に仕えんとす。
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『韓非子』難四第三十九今未だ其の得る所以有らずして、而も其の處る所以を行う。是れ義を倒にして徳に逆うなり。
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史記 范雎蔡沢列伝秦の太后・穣侯・華陽・高陵・涇陽有るを聞きて、その王有るを聞かざるなり。夫れ国を擅にする、これを王と謂ひ、能く利害する、これを王と謂ひ、殺生の威を制する、これを王と謂ふ。今、太后は擅に行ひて顧みず、穣侯は出使して報ぜず、華陽・涇陽等は撃断して諱む無く、高陵は進退して請はず。四貴備はりて国危ふからざる者は、未だこれ有らざるなり。此の四貴の者の下と為るは、乃ち所謂王無きなり。然らば則ち権安んぞ傾かざるを得ん、令安んぞ王より出づるを得んや。臣聞く、善く国を治むる者は、乃ち内にその威を固めて外にその権を重くすと。穣侯の使者は王の重きを操り、制を諸侯に決し、符を天下に剖き、政適(てき)して国を伐つ、敢へて聴かざる莫し。戦ひ勝ち攻め取らば則ち利は陶に帰し、国獘れて諸侯に御せらる。戦ひ敗るれば則ち怨みを百姓に結び、而して禍は社稷に帰す。詩に曰く『木の実繁き者はその枝を披き、その枝を披く者はその心を傷つく。その都を大にする者はその国を危ふくし、その臣を尊ぶ者はその主を卑しくす』と。崔杼・淖歯は斉を管し、王の股を射、王の筋を擢き、これを廟の梁に県け、宿昔にして死す。李兌は趙を管し、主父を沙丘に囚へ、百日にして餓死せしむ。今、臣聞く、秦の太后・穣侯事を用ひ、高陵・華陽・涇陽これを佐け、卒に秦王無し、此れまた淖歯・李兌の類なり。且つ夫れ三代の国を亡ぼしし所以の者は、君専ら政を授け、酒を縦にし馳騁弋猟して、政事を聴かざればなり。その授けられし所の者は、賢を妒み能を嫉み、下を御し上を蔽ひ、以てその私を成し、主の為に計らず、而して主覚悟せず、故にその国を失ふ。今、有秩より以上諸大吏に至るまで、下は王の左右に及ぶまで、相国の人に非ざる者無し。王の独り朝に立つを見、臣竊かに王の為に恐る、万世の後、秦国を有つ者は王の子孫に非ざらんことを」と。昭王これを聞きて大いに懼れて曰く、「善し」と。是に於いて太后を廃し、穣侯・高陵・華陽・涇陽君を関外に逐ふ。秦王乃ち范睢を拝して相と為す。
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