智囊 / 權奇・曹衝
曹公有馬鞍在庫,為鼠所傷。庫吏懼,欲自縛請死。衝謂曰:「待三日。」衝乃以刀穿其單衣,若鼠齧者,入見,謬為愁狀。公問之,對曰:「俗言鼠齧衣不吉,今兒衣見齧,是以憂。」公曰:「妄言耳,無苦。」俄而庫吏以齧鞍白,公笑曰:「兒衣在側且齧,況鞍懸柱乎。」竟不問。
新字:曹公有馬鞍在庫,為鼠所傷。庫吏懼,欲自縛請死。衝謂曰:「待三日。」衝乃以刀穿其単衣,若鼠齧者,入見,謬為愁状。公問之,対曰:「俗言鼠齧衣不吉,今児衣見齧,是以憂。」公曰:「妄言耳,無苦。」俄而庫吏以齧鞍白,公笑曰:「児衣在側且齧,況鞍懸柱乎。」竟不問。
書き下し
曹公に馬鞍の庫に在るもの有り、鼠に傷つけらる。庫吏懼れ、自ら縛して死を請わんと欲す。衝、謂いて曰く、「三日を待て」と。衝乃ち刀を以てその単衣を穿ち、鼠の齧む者の若くし、入りて見え、謬りて愁状を為す。公これに問う。対えて曰く、「俗に言う、鼠の衣を齧むは不吉なりと。今、児の衣齧まる。是を以て憂うるなり」と。公曰く、「妄言のみ。苦しむ無かれ」と。俄かにして庫吏、鞍を齧まるを以て白す。公笑いて曰く、「児の衣は側に在るすら且つ齧まる。況んや鞍の柱に懸かるをや」と。竟に問わず。
現代語訳
曹操の倉庫には馬の鞍が保管してあったが、ねずみにかじられた。倉庫番の役人は恐れ、自分を縛って死罪を願い出ようとした。曹衝は言った。「三日待ちなさい」。曹衝は刀で自分の単衣に穴を開け、ねずみがかじったように見せかけ、父の前に出て、わざと愁いに沈んだ顔をした。曹操がわけを尋ねると、曹衝は答えた。「世間では、ねずみが着物をかじると不吉だと言います。今、私の着物がかじられました。それで心配なのです」。曹操は言った。「でたらめな言い伝えだ。気にするな」。まもなく倉庫番が鞍をかじられたと報告した。曹操は笑って言った。「わが子の着物は身近にあってもかじられる。まして鞍が柱に掛けてあれば当然だ」。結局とがめなかった。
解説
この章句が説くこと
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