智囊 / 權奇・杜畿
固以為然,從之。調發數十日乃定,諸將貪多應募而少遣兵,又入喻固等曰:「人情顧家,諸將掾吏可分遣休息,急緩召之不難。」固等惡逆眾心,又從之。時善人在外,陰為己援;惡人分散,各還其家,則眾離矣。會高幹入護澤,上黨諸縣殺長吏,弘農執郡守,固等密調兵,未至。畿知諸縣附己,因出單將數十騎,赴張辟拒守,吏民多舉城助畿者。比數十日,得四千餘人。固等與乾、晟共攻畿,不下,略諸縣,無所得,會大兵至,乾、晟敗,固等伏誅,其餘黨與皆赦之。
新字:固以為然,従之。調発数十日乃定,諸将貪多応募而少遣兵,又入喩固等曰:「人情顧家,諸将掾吏可分遣休息,急緩召之不難。」固等悪逆衆心,又従之。時善人在外,陰為己援;悪人分散,各還其家,則衆離矣。会高幹入護沢,上党諸県殺長吏,弘農執郡守,固等密調兵,未至。畿知諸県附己,因出単将数十騎,赴張辟拒守,吏民多舉城助畿者。比数十日,得四千余人。固等与乾、晟共攻畿,不下,略諸県,無所得,会大兵至,乾、晟敗,固等伏誅,其余党与皆赦之。
書き下し
固以て然りと為し、これに従う。調発すること数十日にして乃ち定まる。諸将は多きに貪りて応募し、遣わす兵は少なし。又入りて固らに喩して曰く、「人情は家を顧みる。諸将掾吏は分遣して休息せしむべし。急緩あらばこれを召すこと難からず」と。固ら衆心に逆らうを悪み、又これに従う。時に善人は外に在りて、陰かに己の援と為り、悪人は分散して、各々その家に還り、則ち衆離れたり。会たま高幹、護沢に入り、上党の諸県、長吏を殺し、弘農、郡守を執う。固ら密かに兵を調うるも、未だ至らず。畿、諸県の己に附くを知り、因りて出でて数十騎を単将し、張辟に赴きて拒守す。吏民、多く城を挙げて畿を助くる者あり。数十日に比びて、四千余人を得たり。固ら幹、晟と共に畿を攻むるも、下らず。諸県を略するも、得る所無し。会たま大兵至り、幹、晟敗れ、固ら伏誅す。その余党与は皆これを赦す。
現代語訳
衛固はそのとおりだと思い、杜畿に従った。徴発に数十日をかけてようやく整った。諸将は人数を多くしようとして募集に応じたが、実際に出す兵は少なかった。杜畿はまた衛固らに入って諭した。「人情として家を顧みるものです。諸将や属吏は分けて帰して休息させましょう。緊急のときに召し集めるのは難しくありません」。衛固らは人々の意向に逆らうことを嫌い、これにも従った。そのとき善良な人々は外にいて、ひそかに杜畿の味方となり、悪人は分散して各自の家に帰り、集団がばらばらになった。ちょうど高幹が護沢に入り、上党の諸県が長吏を殺し、弘農が郡守を捕らえた。衛固らはひそかに兵を調えたが、まだ集まらなかった。杜畿は諸県が自分に従っているのを知り、数十騎だけを連れて出て、張辟に赴いて守りを固めた。官吏や民は、多く城をあげて杜畿を助けた。数十日のうちに四千余人を得た。衛固らは高幹、張晟とともに杜畿を攻めたが落とせず、諸県を侵略しても得るものはなかった。そこへ大軍が到着し、高幹、張晟は敗れ、衛固らは処刑された。その余党は皆許された。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
史記 項羽本紀美人有り名は虞、常に幸せられて従ふ。駿馬名は騅、常に之に騎る。是に於て項王乃ち悲歌忼慨し、自ら詩を為りて曰く、「力は山を抜き気は世を蓋ふ、時利あらず騅逝かず。騅の逝かざる可奈何(いかん)すべき、虞や虞や若を奈何せん。」と。歌ふこと数闋、美人之に和す。項王泣数行下る、左右皆泣き、能く仰ぎ視る莫し。是に於て項王乃ち馬に上りて騎す、麾下の壮士騎して従ふ者八百余人、直ちに夜囲みを潰して南に出で、馳走す。平明、漢の軍乃ち之を覚り、騎将灌嬰をして五千騎を以て之を追はしむ。項王淮を渡る、騎の能く属する者百余人のみ。項王陰陵に至り、迷ひて道を失ひ、一田父に問ふ、田父紿(あざむ)きて曰く「左」と。左すれば、乃ち大沢の中に陥る。故を以て漢之に追ひ及ぶ。項王乃ち復た兵を引きて東し、東城に至る、乃ち二十八騎有り。漢の騎の追ふ者数千人。
-
『韓非子』用人第二十七労苦するも撫循せず、憂悲するも哀憐せず。喜べば則ち小人を誉め、賢不肖倶に賞す。怒れば則ち君子を毀り、伯夷と盗跖とをして倶に辱めしむ。故に臣に主に叛くもの有り。燕王をして内に其の民を憎みて外に魯人を愛せしむれば、則ち燕は用ゐられずして魯は附かず。民は憎まれて、力を尽くして功を務むること能はず。魯は説ばるるも、死命を離れて他主に親しむこと能はず。此の如くなれば、則ち人臣は隙穴と為りて、人主は独立す。
-
『弁道』第二十四則「之を継ぐ者は善」とは、天を継ぐの継の如し。善とは善人を謂ふなり。流行と訓ずる者は継の字の義を失へり。「之を成す者は性」とは、人各〻性の近き所に随ひて務めを成すを謂ふなり。凡そ徳と言ふ者、怨に対して言ふ者有り、財に対して言ふ者有り。其の単に言ふ者は、皆性の徳なり。爾らずんば、「徳に拠る」、何ぞ其れ荒唐なるや。人心とは民心なり。朽索の馭の如し。故に危ふしと曰ふ。道心とは民心を導くなり。其の機甚だ微なり。故に微なりと曰ふ。
-
言志四録・言志録 第百八十一条 勢に因りて利導す人情の気機は、一定を以て求むべからず。之を誘へば勧み、之を禁ずれば遏む、順なり。之を導けば反つて阻み、之を抑ふれば益揚る、逆なり。是の故に駕馭の道は、当に其の向背を察し、其の軽重を審らかにし、勢に因りて之を利導し、機に応じて之を激励し、其をして自ら其の然る所以を覚えざらしむべし。此れを之れ得たりと為す。
-
『呻吟語』内篇・應務・一の拙法有り世人の相與するは、面上に非ざれば則ち口中なり。人の心は固より面と口とに掩ふ能はず。而して測る可からざる者は則ち面と口とに盡きざるなり。故に惟だ人心のみ最も畏る可く、人心最も知る可からず。此れ天下の陷阱にして、古今生死の衢なり。余に一の拙法有り。之を推すに至誠を以てし、之を施すに至厚を以てし、之を持するに至慎を以てし、是非を遠ざけ、利名を讓り、後下に處せば、則ち夷狄鳥獸も骨肉腹心とす可し。將に深き者をして且つ心を傾けしめ、險なる者をして且つ德に化せしめんとす。而して何ぞ陷阱の予に及ばんや。
-
史記 高祖本紀且つ吾の軍を霸上に還す所以は、諸侯の至るを待ちて約束を定めんのみ。」と。乃ち人をして秦の吏と県郷邑を行かしめ、之に告諭す。秦人大いに喜び、争ひて牛羊酒食を持ちて軍士に献饗す。沛公又譲りて受けず、曰く、「倉粟多し、乏しきに非ず、人に費さしむるを欲せず。」と。人又益々喜び、唯だ沛公の秦王と為らざらんことを恐る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る