智囊 / 得情・孫亮
亮出西苑,方食生梅,使黃門至中藏取蜜漬梅,蜜中有鼠矢。亮問主藏吏曰:「黃門從汝求蜜耶?」曰:「向求之,實不敢與。」黃門不服,左右請付獄推,亮曰:「此易知耳。」令破鼠矢,裡燥,亮曰:「若久在蜜中,當濕透;今裡燥,必黃門所為!」於是黃門首服。
新字:亮出西苑,方食生梅,使黄門至中蔵取蜜漬梅,蜜中有鼠矢。亮問主蔵吏曰:「黄門従汝求蜜耶?」曰:「向求之,実不敢与。」黄門不服,左右請付獄推,亮曰:「此易知耳。」令破鼠矢,裡燥,亮曰:「若久在蜜中,当湿透;今裡燥,必黄門所為!」於是黄門首服。
書き下し
亮、西苑に出で、方に生梅を食らわんとして、黄門をして中蔵に至りて蜜漬の梅を取らしむ。蜜中に鼠矢有り。亮、主蔵の吏に問いて曰く、「黄門、汝に蜜を求めしか」と。曰く、「向に之を求めたるも、実に敢えて与えず」と。黄門服せず。左右、獄に付して推さんことを請う。亮曰く、「此れ知り易きのみ」と。鼠矢を破らしむるに、裡は燥けり。亮曰く、「若し久しく蜜中に在らば、当に湿透すべし。今、裡燥く。必ず黄門の為す所ならん」と。是に於いて黄門首服す。
現代語訳
孫亮は西苑に出かけ、ちょうど生の梅を食べようとして、宦官に倉庫へ行って蜜漬けの梅を取って来させた。蜜の中にねずみの糞が入っていた。孫亮は倉庫番の役人に問うた。「宦官はおまえに蜜を求めたのか」。役人は答えた。「先ほど求められましたが、決して差し上げませんでした」。宦官は罪を認めなかった。側近たちは獄に送って調べることを願い出た。孫亮は言った。「これは簡単にわかる」。ねずみの糞を割らせると、中は乾いていた。孫亮は言った。「もし長く蜜の中にあったなら、中まで濡れているはずだ。今、中が乾いている。必ず宦官のしわざだ」。こうして宦官は罪を認めた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
史記 南越列伝使者皆東郷し、太后南郷し、王北郷し、相嘉・大臣皆西郷し、侍坐して飲む。嘉の弟将為り、卒を将ゐて宮外に居る。酒行はれ、太后嘉に謂ひて曰く、「南越の内属は、国の利なり、而るに相君苦だ便ならずとする者は、何ぞや」と。以て使者を激怒せしめんとす。使者狐疑して相杖り、遂に敢て発する莫し。嘉耳目の是に非ざるを見て、即ち起ちて出づ。太后怒り、嘉を鏦くに矛を以てせんと欲す、王太后を止む。嘉遂に出で、其の弟の兵を分かちて舎に就き、病と称し、王及び使者に見ゆるを肯ぜず。乃ち陰に大臣と乱を作さんとす。王素より嘉を誅するに意無し、嘉之を知る、故を以て数月発せず。太后淫行有り、国人附かず、独り嘉等を誅せんと欲するも、力又能はず。天子嘉の王に聴かず、王・王太后弱孤にして制すること能はず、使者怯えて決無きを聞く。又以為へらく王・王太后已に漢に附く、独り呂嘉乱を為す、以て兵を興すに足らずと、荘参をして二千人を以て往きて使ひせしめんと欲す。参曰く、「好を以て往かば、数人にて足れり。武を以て往かば、二千人以て為す足る無し」と。辞して可かず、天子参を罷む。郟の壮士、故の済北の相韓千秋奮ひて曰く、「区区たる越を以て、又王・太后の応ずる有り、独り相呂嘉害を為す、願はくは勇士二百人を得て、必ず嘉を斬りて以て報ぜん」と。是に於て天子千秋と王太后の弟樛楽とを遣はし二千人を将ゐて往かしめ、越の境に入る。呂嘉等乃ち遂に反し、令を国中に下して曰く、「王年少し。太后は、中国の人なり、又使者と乱し、専ら内属を欲し、尽く先王の宝器を持して入りて天子に献じて以て自ら媚び、多く人を従へ、行きて長安に至り、虜売して以て僮僕と為さんとす。自ら一時の利を脱するを取り、趙氏の社稷を顧み、万世の為に慮計するの意無し」と。乃ち其の弟と卒を将ゐて王・太后及び漢の使者を攻め殺す。
-
『甲陽軍鑑』品第十四さありて此度長篠にて勝頼公の人数甲州衆うへの原に加藤丹後を残し置き、其余は一円に立て是八千なり、上野衆四千信濃より六千合せて一万八千の内、鳶が巣に千又長篠城奥平押へに千おきて、残る一万六千をもつて七万あまりの人数の節所を三ツまで搆へ、柵の木を三重にふりて待ちかまへてゐる所へ、面もふらずかゝるは、敵四人こなた一人のつもりなれ共、節所と柵の木とを考れば是又敵に十万の加勢なり、縦へば十七万の人数の籠りたる城を一万六千にて責めたるごとくなり、信玄公つねの智略にも千籠りたる城をば、二四の人数にてせめんと定め給ふ、五千にてはことあやうしと有り、
-
『大和俗訓』巻之八・応接一人のするわざ、其善悪十分に知れて、明白なること有り。又其事の有様、其人の心の中、善きも悪しきも、明かに知らざること多し。我が心に悪ししと思ふことも、その実をよく尋ぬれば、道理あることあり。善しと思ふことにも、善からざることあり。かやうのこと唐もやまとも、古今多し。天下皆非なるの理なしと、古人もいへり。何事も、人のしわざに故あらんと思ひ、妄に人を悪みそしるべからず。又妄に誉むべからず。
-
『囲炉夜話』第二百三則・必ず諸を心に問ふ言は盡くは信ず可からず、必ず諸を理に揆る。事は未だ遽かに行ふ可からず、必ず諸を心に問ふ。
-
『驢鞍橋』卷上卯の夏夜話に曰く、我分別いつとなく失せ、慮知抔と云ふことなし。然る間云ひ損ひも有らんず事ぢやが、出次第に働きて、此年迄来れとも間に合はぬ事無し。総して若き時より無分別なる性也。然れども元より事の談合肝要の時に至ては、何たる分別者よりも我一言に究むる事多し。我もいな事に思ふ也。但しつゝきれて云ふ心か、夫れは元より中中强い位有り、事の談合に及んでは、聞くと早や胸すはつてつゝきれて云はるゝと也。
-
孫子・地形篇卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故に之と俱に死すべし。厚くして使う能わず、愛して令する能わず、乱れて治むる能わざれば、譬えば驕子の若く、用うべからざるなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る