智囊 / 權奇・司馬懿・楊行密・孫堅・仇鉞
孫堅舉兵誅董卓,至南陽,眾數萬人,檄南陽太守張咨,請軍糧,咨曰:「堅鄰二千石耳,與我等,不應調發。竟不與,堅欲見之,又不肯見,堅曰:「吾方舉兵而遂見阻,何以威後?」遂詐稱急疾,舉軍震惶,迎呼巫醫,禱祠山川,而遣所親人說咨,言欲以兵付咨。咨心利其兵,即將步騎五百人,持米酒詣堅營。堅臥見,亡何起,設酒飲咨,酒酣,長沙主簿入白:「前移南陽,道路不治,軍資不具,太守咨稽停義兵,使賊不時討,請收按軍法。」咨大懼,欲去。兵陣四圍,不得出,遂縛於軍門斬之。一郡震栗,無求不獲,所過郡縣皆陳糗糧以待堅軍。君子謂:「堅能用法矣。法者,國之植也,是以能開東國。」
新字:孫堅舉兵誅董卓,至南陽,衆数万人,檄南陽太守張咨,請軍糧,咨曰:「堅鄰二千石耳,与我等,不応調発。竟不与,堅欲見之,又不肯見,堅曰:「吾方舉兵而遂見阻,何以威後?」遂詐称急疾,舉軍震惶,迎呼巫医,祷祠山川,而遣所親人説咨,言欲以兵付咨。咨心利其兵,即将歩騎五百人,持米酒詣堅営。堅臥見,亡何起,設酒飲咨,酒酣,長沙主簿入白:「前移南陽,道路不治,軍資不具,太守咨稽停義兵,使賊不時討,請収按軍法。」咨大懼,欲去。兵陣四囲,不得出,遂縛於軍門斬之。一郡震栗,無求不獲,所過郡県皆陳糗糧以待堅軍。君子謂:「堅能用法矣。法者,国之植也,是以能開東国。」
書き下し
孫堅、兵を挙げて董卓を誅せんとし、南陽に至る。衆数万人。南陽の太守張咨に檄して軍糧を請う。咨曰く、「堅は隣の二千石のみ。我と等し。調発に応ずべからず」と。竟に与えず。堅これに見えんと欲するも、又見るを肯んぜず。堅曰く、「吾、方に兵を挙げて遂に阻まる。何を以て後に威あらんや」と。遂に詐りて急疾と称し、軍を挙げて震惶す。巫医を迎え呼び、山川に禱祠し、而して親しき所の人を遣わして咨に説かしめ、兵を咨に付せんと欲すと言う。咨、心に其の兵を利とし、即ち歩騎五百人を将い、米酒を持して堅の営に詣る。堅、臥して見え、亡何ばくして起き、酒を設けて咨に飲ましむ。酒酣にして、長沙の主簿入りて白す、「前に南陽に移すも、道路治まらず、軍資具わらず。太守咨、義兵を稽停し、賊をして時に討たざらしむ。請う、収めて軍法に按ぜよ」と。咨大いに懼れ、去らんと欲す。兵陣四囲し、出づるを得ず。遂に軍門に縛して斬る。一郡震栗し、求めて獲ざる無く、過ぐる所の郡県、皆糗糧を陳べて以て堅の軍を待つ。君子謂う、「堅は能く法を用いたり。法とは国の植なり。是を以て能く東国を開く」と。
現代語訳
孫堅は兵を挙げて董卓を討とうとし、南陽に至った。軍勢は数万人であった。南陽の太守張咨に檄文を送り、軍糧の提供を求めた。張咨は言った。「孫堅は隣の郡の太守にすぎず、私と同格だ。徴発に応じる筋合いはない」。そして糧食を与えなかった。孫堅は会おうとしたが、張咨は会おうともしなかった。孫堅は言った。「私は兵を挙げたばかりなのに、はばまれた。これでは後々どうして威信を保てようか」。そこで急病だとあざむき、軍中は動揺した。巫医を迎えて呼び、山川に祈禱をし、また親しい者を張咨のもとへ遣わして、軍を張咨に預けたいと説かせた。張咨は内心その兵が欲しくなり、歩兵と騎兵五百人を連れ、米と酒を持って孫堅の陣営を訪ねた。孫堅は横になったまま会い、まもなく起き上がって酒を出し、張咨に飲ませた。酒がたけなわになったころ、長沙の主簿が入ってきて報告した。「先に南陽に通達を出しましたが、道路は整っておらず、軍の物資も備わっておりません。太守の張咨は義兵の進軍を遅らせ、賊の討伐の時機を逸させました。どうか捕らえて軍法で裁いてください」。張咨はおおいに恐れ、帰ろうとした。だが兵が四方を囲み、出られなかった。そのまま軍門に縛って斬った。郡中は震え上がり、求めれば手に入らないものはなく、通過する郡県は皆、干飯を並べて孫堅の軍を待った。君子は言った。「孫堅は法を用いるのが上手だった。法とは国の支柱である。だから東国を開くことができた」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』威克・哥舒翰・李光弼唐の哥舒翰、安西節度使と為る。都兵馬使の張擢を差して上都にて奏事せしむるに、逗留して返らず、賄を納れて楊国忠に交結す。翰適たま入朝す。擢懼れ、国忠に求めて擢を御史大夫兼剣南西川節度使に除せしむ。敕下るや、第に就きて翰に謁す。翰は部下に命じて庭に捽え、其の罪を数え、杖して之を殺し、然る後に奏聞す。帝は詔を下して褒獎し、仍お擢の屍を賜い、更に翰をして屍を決すること百たらしむ。太原節度の王承業、軍政修まらず。詔して御史の崔衆をして兵を河東に交せしむ。衆は承業を侮易し、或いは甲を裹み槍を持ちて承業の庁事に突入し、之を玩謔す。李光弼之を聞き、素より不平なり。是に至り、衆の兵を光弼に交せしむるに、衆は麾下を以て来たる。光弼出迎するも、旌旗相い接して避けず。李光弼は其の無礼を怒り、又た即ちに兵を交せざれば、令して之を収繫す。頃中にして中使至り、衆を御史中丞に除す。其の敕を懐に、衆の所在を問う。光弼曰く、「衆に罪有り、之を繫げり」と。中使は敕を以て光弼に示す。光弼曰く、「今は只だ侍御史を斬るのみ。若し制命を宣べれば、即ち中丞を斬らん。若し宰相に拝すれば、亦た宰相を斬らん」と。中使懼れ、遂に之を寝めて還る。翼日、兵仗を以て衆を囲み碑堂の下に至り、之を斬る。威は三軍を震わし、其の親属に命じて之を弔わしむ。
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『墨子』號令圍城の重禁。敵人、卒かに至らば、嚴しく吏民に令して、敢えて讙囂し、三最並び行き、相い視て坐して泣き涕を流すこと無からしむ。若し視て手を舉げて相い探り、相い指し相い呼び、相い歴り相い踵し、相い投じ相い擊ち、相い靡くに身及び衣を以てし、訟駮の言語、及び令に非ずして敵の動移を視る者は、斬る。伍人、得ざれば斬る。之を得れば除く。五人、城を踰えて敵に歸せば、伍人、得ざれば斬る。伯と敵に歸せば、隊吏、斬る。吏と敵に歸せば、隊将、斬る。
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『墨子』號令城禁。卒民をして寇の微職和旌を欲せざらしむる者は、斷ず。令に従わざる者は、斷ず。擅に令を出だすに非ざる者は、斷ず。令を失う者は、斷ず。㦸を倚せ縣けて城せず、上下、衆と等しからざる者は、斷ず。應ずる無くして妄りに讙呼する者は、斷ず。總べて失う者は、斷ず。客を譽め内を毁る者は、斷ず。署を離れて聚語する者は、斷ず。城鼓の聲を聞きて伍し、後れて署に上る者は、斷ず。
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『墨子』號令人、自ら大いに版に書し、之を其の署の隔に著く。守、必ず自ら其の先後を謀り、其の署に非ずして妄りに之に入る者は、斷ず。署を離れ左右し、共に他署に入り、左右、捕らえず、私書を挾み、行きて請謁し、及び行書を為し、守事を釋てて私家の事を治め、卒民、相い家室・嬰兒を盜む者は、皆な斷じて赦す無し。人、舉げて之を藉す。符節無くして軍中を横行する者は、斷ず。客、城下に在らば、數しば其の署を易えて其の養を易うる無し。敵を譽めて少なきを以て衆しと為し、亂を以て治と為し、敵の攻の拙きを以て巧と為す者は、斷ず。客と主人と、相い與に言い及び相い藉するを得る無し。客、射るに書を以てするも、譽むるを得る無し。外、内に示すに善を以てするも、應ずるを得る無し。令に従わざる者は皆な斷ず。禁じて矢書を舉げ若しくは書を以て寇に射るを得る無し。令を犯す者は、父母・妻子、皆な斷じ、身は城上に梟す。能く之を捕らえ告ぐる者有らば、之に賞するに黄金二十斤。時に非ずして行く者は、唯だ守及び太守の節を摻りて使いする者のみ。
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『墨子』備城門老小の事とせざる者をして城上に守らしむ。術に當たらざる者なり。城、持ちて出づるには必ず眀填を為り、吏民をして皆な之を智知せしむ。一人より百人以上に従うも、持ちて出でて填章を操らざれば、人に従うも亦た故人に非ざれば、乃ち亦た稹章あるなり。千人の将以上、之を止め、行くを得しむる勿かれ。行きて吏卒、之に従わば、皆な斬り、具に以て上に聞す。此れ守城の重禁なり。夫れ姦の生ずる所、審らかにせざる可からざるなり。
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説苑・雜言孔子曰く、「船は水に非ざれば行く可からず、水船中に入れば、則ち其れ没す。故に曰く、君子は厳ならざる可からざるなり、小人は閉ざさざる可からざるなり」と。
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