導師導古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

柳子新論抄録 / 文武・礼を備えた軍こそ強いという論

假使其騎駿執良任折衝之事。則已不勝鞍。而指亦不勝弦矣。若其兵士。則或取短長之兵。數經險難之地者。間亦有之。然其爲長爲正者。素不聞韜鈐之敎。而管轄無制。調練無法。則鼓不進。金不退。旗幟之不辨。號令之不聽。以此當敵乎哉。勝國以降。其能不然者。僅々可數已。昔者將門割據于關東。純友救應于南海。强僭尊號。暴逆傾數州。秀鄕奮然率師。則兒賊遁逃。叛臣授首。惡路稱王。劫畧東夷。窺窬及神器。坂君提兵。遽然向東海。則群盜伏竄。頑冦失魂。夫此二人者。生在山野海島之間。日養其勇。月長其智。完聚得其道。指麾由其法。故能制大敵。功無比於海內。千歲稱威猛。百世稱驍勇。是古之能任武者也。況當此二人之時。尙武之俗未起。如軍團諸將。上奉兵部之制。下承郡國之令。尙且勇悍精銳。有紀律。有節制。使之赴征伐之事。則一擧而如振枯矣。豈非以其有文事者。必有武備。禮樂之敎。强禦無當耶。由是觀之。今之所謂尙武者。亦特虛語妄說耳。文武之不可以相無。不其然乎。仲尼之言曰。道之以政。齊之以刑。民免而無恥。如今之於天下。豈特民爲然乎。乃至卿士大夫。亦惟免之求。而曲從阿諛。一爲海內之俗。廉恥之心肅然。又安齒之君子之朝。嗟文如此乎。要之皆尙武。不尙文之弊耳。

新字:仮使其騎駿執良任折衝之事。則已不勝鞍。而指亦不勝弦矣。若其兵士。則或取短長之兵。数経険難之地者。間亦有之。然其為長為正者。素不聞韜鈐之教。而管轄無制。調練無法。則鼓不進。金不退。旗幟之不弁。号令之不聴。以此当敵乎哉。勝国以降。其能不然者。僅々可数已。昔者将門割拠于関東。純友救応于南海。強僭尊号。暴逆傾数州。秀郷奮然率師。則児賊遁逃。叛臣授首。悪路称王。劫略東夷。窺窬及神器。坂君提兵。遽然向東海。則群盗伏竄。頑寇失魂。夫此二人者。生在山野海島之間。日養其勇。月長其智。完聚得其道。指麾由其法。故能制大敵。功無比於海内。千歳称威猛。百世称驍勇。是古之能任武者也。況当此二人之時。尚武之俗未起。如軍団諸将。上奉兵部之制。下承郡国之令。尚且勇悍精鋭。有紀律。有節制。使之赴征伐之事。則一挙而如振枯矣。豈非以其有文事者。必有武備。礼楽之教。強禦無当耶。由是観之。今之所謂尚武者。亦特虚語妄説耳。文武之不可以相無。不其然乎。仲尼之言曰。道之以政。斉之以刑。民免而無恥。如今之於天下。豈特民為然乎。乃至卿士大夫。亦惟免之求。而曲従阿諛。一為海内之俗。廉恥之心粛然。又安歯之君子之朝。嗟文如此乎。要之皆尚武。不尚文之弊耳。

書き下し

假使ひ其れ駿に騎り良きを執りて折衝の事に任ぜしめば、則ち已に鞍に勝へずして、指も亦弦に勝へざらん。若し其の兵士は、則ち或いは短長の兵を取りて、數しば險難の地を經る者、間ま亦之有り。然れども其の長たり正たる者は、素より韜鈐の敎を聞かず、而して管轄に制無く、調練に法無ければ、則ち鼓するも進まず、金するも退かず、旗幟の辨ぜざる、號令の聽かざる、此を以て敵に當たらんや。勝國以降、其の能く然らざる者は、僅々として數ふべきのみ。昔者將門は關東に割據し、純友は南海に救應し、强ひて尊號を僭し、暴逆數州を傾く。秀鄕奮然として師を率ゐれば、則ち兒賊遁逃し、叛臣首を授く。惡路は王を稱し、東夷を劫畧し、窺窬神器に及ぶ。坂君兵を提げ、遽然として東海に向かへば、則ち群盜伏竄し、頑冦魂を失ふ。夫れ此の二人は、生まれて山野海島の間に在り、日に其の勇を養ひ、月に其の智を長じ、完聚其の道を得、指麾其の法に由る。故に能く大敵を制し、功は海内に比無く、千歲威猛を稱し、百世驍勇を稱す。是れ古の能く武に任ぜし者なり。況んや此の二人の時に當たりては、武を尙ぶの俗未だ起こらず。軍團の諸將の如き、上は兵部の制を奉じ、下は郡國の令を承け、尙且つ勇悍精銳にして、紀律有り、節制有り。之をして征伐の事に赴かしむれば、則ち一擧にして枯を振ふが如し。豈に其の文事有る者は必ず武備有り、禮樂の敎、强禦當たる無きを以てするに非ずや。是に由りて之を觀れば、今の所謂武を尙ぶ者も、亦特に虛語妄說のみ。文武の以て相無かるべからざる、其れ然らずや。仲尼の言に曰く、之を道くに政を以てし、之を齊ふるに刑を以てすれば、民免れて恥無しと。今の天下に於けるが如き、豈に特に民のみ然らんや。乃ち卿士大夫に至るまで、亦惟だ免れんことを之れ求め、曲從阿諛す。一たび海內の俗と爲れば、廉恥の心肅然たり。又安んぞ齒の君子の朝に安んぜんや。嗟、文此くの如くなるか。之を要するに皆武を尙び、文を尙ばざるの弊のみ。

現代語訳

たとえ(そうした士に)名馬に乗らせ良い武器を持たせて、敵と渡り合う任務を与えても、鞍に座ることさえできず、指は弓の弦を引くこともできないでしょう。兵士の中には、長短の武器を取り、しばしば険しい地を経験した者もときにはいます。しかしその長となり頭となる者が、もとより兵法の教えを聞いたこともなく、管轄に定めがなく、訓練に方法がなければ、太鼓を打っても進まず、鐘を鳴らしても退かず、旗の区別もつかず、号令も聞かれません。これで敵に当たれるでしょうか。前の世代(戦乱の世)以後、そうでなかった者は、わずかに数えるほどです。昔、平将門は関東に割拠し、藤原純友は南海でこれに呼応し、無理に尊号を名乗って、暴逆は数国を傾けました。藤原秀郷(俵藤太)が奮い立って軍を率いると、賊は逃げ散り、叛臣は首を差し出しました。また蝦夷の悪路王が王を称して東の民を略奪し、神器をうかがうまでになりましたが、坂上田村麻呂が兵を率いて急ぎ東海へ向かうと、群盗は隠れ逃げ、頑強な賊は魂を失いました。この二人(秀郷と田村麻呂)は、山野や海辺の間に生まれ、日々その勇気を養い、月ごとにその知恵を伸ばし、人を集めて整えるのに道を得、指揮にも法がありました。ですから大敵を制し、功は国内に比べるものがなく、千年にわたって威猛をたたえられ、百代にわたって勇ましさをたたえられたのです。これが昔、よく武を担った者です。まして、この二人の時代には、武を尊ぶ風潮はまだ起こっていませんでした。軍団の諸将のように、上は兵部(朝廷の兵を司る省)の制度を奉じ、下は郡や国の命令を受け、そのうえ勇猛で精鋭であり、規律があり統制がありました。彼らを征伐に赴かせれば、枯れ枝を振り払うように一挙に片づきました。これは、文事のある者には必ず武の備えがあり、礼楽の教えには強敵も当たりえないということではないでしょうか。これから見れば、今の、武を尊ぶと称する者も、ただの空言でしかありません。文と武が互いになくてはならないことは、そのとおりではありませんか。孔子は言いました。「政令で導き、刑罰でそろえると、民は罪を免れても恥を知らない」と。今の天下はどうでしょう。民だけがそうなのではなく、卿・士大夫に至るまで、ただ罪を免れることだけを求め、へつらい従っています。ひとたびそれが世の風習となれば、廉恥の心は引き締まったものではなくなります。そのような朝廷で、年長の君子がどうして安んじていられるでしょうか。ああ、文の衰えはこのようなのかと。要するに、すべて武を尊んで文を尊ばない弊害の結果にほかなりません。

解説

ここでは、規律も号令も訓練の法もない軍は戦えないとし、礼を備えた統制こそが武の強さを支えると論じています。昔の将として田村麻呂や秀郷を挙げているのは、柳子の見方であり、史実の細部は別に確かめる必要があります。現代の組織に引き寄せれば、管轄の線引き、育成の仕組み、指示の伝わる経路といった基本の整備がなければ、現場の勢いだけでは成果が続かないということです。罰則を避けるだけの行動が広がっていないかも、点検したい点です。

この章句が説くこと

柳子新論抄録山県大貳統制規律訓練廉恥

関連する章句

『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る
本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る