墨子 / 號令
城禁:使卒民不欲寇微職和旌者,斷。不從令者,斷。非擅出令者,斷。失令者,斷。倚㦸縣不城,上下不與衆等者,斷。無應而妄讙呼者,斷。總失者,斷。譽客内毁者,斷。離署而聚語者,斷。聞城鼓聲而伍,後上署者,斷。
新字:城禁:使卒民不欲寇微職和旌者,断。不従令者,断。非擅出令者,断。失令者,断。倚戟県不城,上下不与衆等者,断。無応而妄讙呼者,断。総失者,断。誉客内毀者,断。離署而聚語者,断。聞城鼓声而伍,後上署者,断。
書き下し
城禁。卒民をして寇の微職和旌を欲せざらしむる者は、斷ず。令に従わざる者は、斷ず。擅に令を出だすに非ざる者は、斷ず。令を失う者は、斷ず。㦸を倚せ縣けて城せず、上下、衆と等しからざる者は、斷ず。應ずる無くして妄りに讙呼する者は、斷ず。總べて失う者は、斷ず。客を譽め内を毁る者は、斷ず。署を離れて聚語する者は、斷ず。城鼓の聲を聞きて伍し、後れて署に上る者は、斷ず。
現代語訳
城の禁令。兵や民に、敵の旗印や合図を望ませるような者は、裁く。命令に従わない者は、裁く。勝手に命令を出す者は、裁く。命令を忘れる者は、裁く。戟を立てかけて城を守らず、上下の動きが他と揃わない者は、裁く。応じるべきでないのにみだりに叫ぶ者は、裁く。すべてを失う者は、裁く。敵を誉めて味方をけなす者は、裁く。持ち場を離れて集まって話し込む者は、裁く。城の太鼓の音を聞いて組に入り、遅れて持ち場に上がる者は、裁く。
解説
禁じられる行為の列挙です。並べてみると、どれも情報と士気に関わるものだと分かります。敵を誉めて味方をけなす、持ち場を離れて話し込む、遅れて上がる。物理的な守りではなく、集団の空気を守るための規則です。何を禁じるかの一覧は、その組織が何を恐れているかの一覧でもある。禁令の並びを見れば、弱点の在りかが読めます。
この章句が説くこと
禁令士気規律空気統制
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人生を、一行の式にしてみた。
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