智囊 / 權奇・陳子昂
子昂初入京,不為人知。有賣胡琴者,價百萬,豪貴傳視,無辯者。子昂突出,顧左右曰:「輦千緡市之!」眾驚問,答曰:「餘善此樂。」皆曰:「可得聞乎?」曰:「明日可集宜陽里。」如期偕往,則酒餚畢具,置胡琴於前,食畢,捧琴語曰:「蜀人陳子昂,有文百軸,馳走京轂,碌碌塵土,不為人知。此樂賤工之役,豈宜留心?」舉而碎之,以文軸遍贈會者,一日之內,聲華溢都下。〔評〕唐人重才,雖一藝一能,相與驚傳贊歎,故子昂借胡琴之價,出奇以市名,而名果成矣。若今日,不唯文軸無用處,雖求一聽胡琴者亦不可得。傷哉!
新字:子昂初入京,不為人知。有売胡琴者,価百万,豪貴伝視,無弁者。子昂突出,顧左右曰:「輦千緡市之!」衆驚問,答曰:「余善此楽。」皆曰:「可得聞乎?」曰:「明日可集宜陽里。」如期偕往,則酒餚畢具,置胡琴於前,食畢,捧琴語曰:「蜀人陳子昂,有文百軸,馳走京轂,碌碌塵土,不為人知。此楽賤工之役,豈宜留心?」舉而砕之,以文軸遍贈会者,一日之内,声華溢都下。〔評〕唐人重才,雖一芸一能,相与驚伝賛嘆,故子昂借胡琴之価,出奇以市名,而名果成矣。若今日,不唯文軸無用処,雖求一聴胡琴者亦不可得。傷哉!
書き下し
子昂、初め京に入り、人に知られず。胡琴を売る者有り、価百万。豪貴伝え視るも、弁ずる者無し。子昂突出して左右を顧みて曰く、「輦して千緡もてこれを市え」と。衆驚きて問う。答えて曰く、「余、この楽を善くす」と。皆曰く、「聞くを得べきか」と。曰く、「明日、宜陽里に集まるべし」と。期の如く偕に往けば、則ち酒肴畢く具わり、胡琴を前に置く。食畢りて、琴を捧げて語りて曰く、「蜀人陳子昂、文百軸有り。京轂に馳せ走り、碌碌として塵土にまみれ、人に知られず。この楽は賤工の役、豈に心を留むるに宜しからんや」と。挙げてこれを砕き、文軸を以て遍く会者に贈る。一日の内に、声華都下に溢る。〔評〕唐人は才を重んず。一芸一能と雖も、相与に驚き伝えて賛歎す。故に子昂は胡琴の価を借りて、奇を出して以て名を市い、而して名果たして成れり。今日の若きは、唯だ文軸の用いる処無きのみならず、一たび胡琴を聴く者を求むと雖も、亦た得べからず。傷ましきかな。
現代語訳
陳子昂が初めて都に出てきたころは、誰にも知られていなかった。ある日、胡琴を売る者がいて、値は百万だった。豪族や貴人が回し見たが、その真価を見分けられる者はいなかった。子昂が進み出て、左右の者に言った。「車を出して、千緡でこれを買え」。人々が驚いて理由を問うと、「私はこの楽器が得意なのだ」と答えた。みなが「聞かせてもらえるか」と言うと、「明日、宜陽里に集まってください」と言った。約束の日にみなが連れ立って行くと、酒と肴がすべて用意され、胡琴が前に置かれていた。食事が終わると、子昂は琴を捧げ持って語った。「蜀の人、陳子昂には、百巻の文章があります。都を走り回り、塵にまみれて苦労しましたが、誰にも知られませんでした。この楽器は卑しい職人の仕事、どうして心を留める価値がありましょうか」。そう言うと琴を持ち上げて打ち砕き、文章の巻物を集まった人々に配った。一日のうちに、子昂の名声は都じゅうに広がった。〔評〕唐の人は才能を重んじ、一芸一能のある者でも、互いに驚いて語り伝え、感嘆した。だから子昂は胡琴の値段を借りて、意表を突く手で名声を買い、名声は見事に成った。今日では、文章の巻物が役に立たないだけでなく、胡琴を聴こうという者さえ得られない。痛ましいことだ。
解説
この章句が説くこと
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