智囊 / 億中・陳同甫
辛幼安流寓江南,而豪俠之氣未除。一日,陳同甫來訪,近有小橋,同甫引馬三躍而馬三卻。同甫怒,拔劍斬馬首,徒步而行。幼安適倚樓而見之,大驚異,即遣人詢訪,而陳已及門,遂與定交。後十數年,幼安帥淮,同甫尚落落貧甚,乃訪幼安於治所,相與談天下事。幼安酒酣,因言南北利害,云:南之可以並北者如此,北之可以並南者如此。「錢塘非帝王居。斷牛頭山,天下無援兵;決西湖水,滿城皆魚鱉。」飲罷,宿同甫齋中。同甫夜思:幼安沉重寡言,因酒誤發,若醒而悟,必殺我滅口。遂中夜盜其駿馬而逃。幼安大驚。後同甫致書,微露其意,為假十萬緡以濟乏。幼安如數與焉。
新字:辛幼安流寓江南,而豪侠之気未除。一日,陳同甫来訪,近有小橋,同甫引馬三躍而馬三却。同甫怒,抜剣斬馬首,徒歩而行。幼安適倚楼而見之,大驚異,即遣人詢訪,而陳已及門,遂与定交。後十数年,幼安帥淮,同甫尚落落貧甚,乃訪幼安於治所,相与談天下事。幼安酒酣,因言南北利害,云:南之可以並北者如此,北之可以並南者如此。「銭塘非帝王居。断牛頭山,天下無援兵;決西湖水,満城皆魚鱉。」飲罷,宿同甫斎中。同甫夜思:幼安沈重寡言,因酒誤発,若醒而悟,必殺我滅口。遂中夜盗其駿馬而逃。幼安大驚。後同甫致書,微露其意,為仮十万緡以済乏。幼安如数与焉。
書き下し
辛幼安は江南に流寓し、而れども豪侠の気は未だ除かず。一日、陳同甫来訪し、近くに小橋有り、同甫馬を引きて三たび躍らしむるも、馬は三たび卻く。同甫怒り、剣を抜きて馬の首を斬り、徒歩にて行く。幼安適たま楼に倚りて之を見、大いに驚き異とし、即ち人を遣わして詢訪せしむるに、陳は已に門に及び、遂に与に交わりを定む。後十数年、幼安淮に帥たり、同甫尚お落落として貧しきこと甚だしく、乃ち幼安を治所に訪ね、相い与に天下の事を談ず。幼安酒酣にして、因りて南北の利害を言い、南の以て北を並すべき者は此くの如く、北の以て南を並すべき者は此くの如しと云う。「錢塘は帝王の居に非ず。牛頭山を断たば、天下に援兵無く、西湖の水を決せば、満城皆魚鱉ならん」と。飲み罷みて、同甫の斎中に宿す。同甫夜に思う、幼安は沈重にして寡言なるに、酒に因りて誤り発せり、若し醒めて悟らば、必ず我を殺して口を滅さんと。遂に中夜、其の駿馬を盗みて逃ぐ。幼安大いに驚く。後に同甫書を致し、微かに其の意を露わし、為に十万緡を仮りて以て乏しきを済わんとす。幼安数の如く与えたり。
現代語訳
辛幼安は江南に流れてきて住んでいたが、豪傑らしい気性は抜けていなかった。ある日、陳同甫が訪ねてきた。近くに小さな橋があり、同甫は馬を引いて三度跳ばせようとしたが、馬は三度とも退いた。同甫は怒って剣を抜き、馬の首を斬り、歩いて行った。幼安はちょうど楼に寄りかかってこれを見て、大いに驚き、人を遣って尋ねさせたが、陳はもう門まで来ており、そのまま親交を結んだ。十数年後、幼安は淮の地の長官となったが、同甫はまだ落ちぶれて貧しかったので、幼安の役所を訪ね、天下のことを語り合った。幼安は酒がまわると、南北の利害について、南が北を併せるにはこうすればよく、北が南を併せるにはこうすればよいと語り、「錢塘は帝王の居所にふさわしくない。牛頭山を断てば、天下に援軍は来ず、西湖の水を決壊させれば、城中は皆魚やすっぽんになる」と言った。飲み終えて、同甫の部屋に泊まった。同甫は夜に考えた。幼安は重々しく口数の少い人なのに、酒のせいで口を滑らせた。醒めて気づけば、きっと私を殺して口を封じるだろうと。そこで真夜中に幼安の駿馬を盗んで逃げた。幼安は大いに驚いた。のちに同甫は手紙を送り、それとなく自分の意を明かして、十万緡を借りて窮乏を救ってほしいと求めた。幼安は求めどおりに与えた。
解説
この章句が説くこと
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