智囊 / 權奇・令狐楚・陳霽岩
令狐楚除守兗州,州方旱儉,米價甚高。迓使至,公首問米價幾何、州有幾倉、倉有幾石。屈指獨語曰:「舊價若干,諸倉出米若干,定價出糶,則可賑救。」左右竊聽,語達郡中,富人競發所蓄,米價頓平。俵馬以高三尺八寸,齒少而形肥者為合式。各州縣無孳生駒,必從馬販買解。開州居各縣之中,馬販自外來,先被各縣攔截買完,然後放過。州官比解嚴迫,馬頭枉受鞭笞,馬價騰踴,求速反遲。陳霽岩為知州,洞知之,故緩其事,待馬販到齊,方出示看馬。先一日,喚馬頭到堂,面問之云:「各縣俵馬已行,汝知之乎?」咸叩頭應曰:「知之。」又密諭曰:「我心甚忙,明日看馬,只做不忙,汝輩宜知之。」又叩頭感激而去,明日各馬販隨馬頭帶馬,有高至四尺者,令輒置不用,曰:「高低怕相形,寧低一寸,我有稟貼到太僕寺,只說是孳生駒耳。」眾稟再遲三日,至臨濮會上買,易得。公許之,不責一人而出,各馬販氣索然,爭願賤賣,兩日而辦。在他縣爭市高馬,刻期早解,以求保薦,騰價至四五十金;在本州無過二十餘金者。〔評〕真心為民,實政及民,必然置保薦於度外。善保薦者,正不干求。保薦者也。
新字:令狐楚除守兗州,州方旱倹,米価甚高。迓使至,公首問米価幾何、州有幾倉、倉有幾石。屈指独語曰:「旧価若干,諸倉出米若干,定価出糶,則可賑救。」左右窃聴,語達郡中,富人競発所蓄,米価頓平。俵馬以高三尺八寸,歯少而形肥者為合式。各州県無孳生駒,必従馬販買解。開州居各県之中,馬販自外来,先被各県攔截買完,然後放過。州官比解厳迫,馬頭枉受鞭笞,馬価騰踴,求速反遅。陳霽岩為知州,洞知之,故緩其事,待馬販到斉,方出示看馬。先一日,喚馬頭到堂,面問之云:「各県俵馬已行,汝知之乎?」咸叩頭応曰:「知之。」又密諭曰:「我心甚忙,明日看馬,只做不忙,汝輩宜知之。」又叩頭感激而去,明日各馬販随馬頭帯馬,有高至四尺者,令輒置不用,曰:「高低怕相形,寧低一寸,我有稟貼到太僕寺,只説是孳生駒耳。」衆稟再遅三日,至臨濮会上買,易得。公許之,不責一人而出,各馬販気索然,争願賤売,両日而辦。在他県争市高馬,刻期早解,以求保薦,騰価至四五十金;在本州無過二十余金者。〔評〕真心為民,実政及民,必然置保薦於度外。善保薦者,正不干求。保薦者也。
書き下し
令狐楚、除せられて兗州を守る。州、方に旱儉にして、米価甚だ高し。迓使至り、公、首めに米価の幾何なるか、州に幾倉有るか、倉に幾石有るかを問う。指を屈して独り語りて曰く、「旧価は若干、諸倉より米を出すこと若干、価を定めて出糶せば、則ち賑救すべし」と。左右、竊かに聴く。語、郡中に達し、富人競いて其の蓄うる所を発し、米価頓に平らぐ。俵馬は高さ三尺八寸、歯少なく形の肥えたるを以て合式と為す。各州県には孳生の駒無く、必ず馬販より買いて解す。開州は各県の中に居り、馬販は外より来たり、先ず各県に攔截して買い完りて、然る後に放過せらる。州官、解を比すること厳迫にして、馬頭は枉げて鞭笞を受け、馬価は騰踴し、速やかを求めて反って遅し。陳霽岩、知州と為り、洞く之を知る。故に其の事を緩め、馬販の到り斉うを待ちて、方に示を出して馬を看る。先の一日、馬頭を堂に喚び、面して之に問いて云う、「各県の俵馬は已に行く、汝、之を知るか」と。咸な叩頭して応えて曰く、「之を知る」と。又た密かに諭す、「我が心は甚だ忙し。明日馬を看るに、只だ忙しからざるを做せ。汝が輩、宜しく之を知るべし」と。又た叩頭し感激して去る。明日、各馬販、馬頭に随いて馬を帯ぶ。高さ四尺に至る者有るも、令、輒ち置きて用いず、曰く、「高低は相い形を怕る、寧ろ低きこと一寸、我に稟貼有り、太僕寺に到らば、只だ是れ孳生の駒と説かん」と。衆、稟して再び遅らすこと三日、臨濮の会に至りて買わば、易く得んと。公、之を許し、一人をも責めずして出づ。各馬販、気索然として、争いて賤く売らんことを願う。両日にして辦ず。他県の高馬を争い市いて、刻期早く解し、以て保薦を求むる者は、価の騰ること四五十金に至る。本州にては二十余金に過ぐる者無し。〔評〕真心もて民の為にし、実政もて民に及ぼせば、必ず保薦を度外に置く。善く保薦せらるる者は、正に干求せず。保薦を干求する者は、……
現代語訳
令狐楚が兗州の長官に任じられた。州はちょうど干ばつと飢饉で、米価が非常に高かった。迎えの使いが来ると、令狐楚はまず米の値段がいくらか、州に何の倉があるか、倉に何石あるかを尋ねた。そして指を折りながら独り言のように、「昔の値段はいくらで、各倉から米をいくら出して、値を決めて売り出せば救済できる」と言った。側近はひそかにこれを聞いた。この言葉が郡中に伝わり、富者は競って蓄えを出し、米価はたちまち下がった。軍馬の供出では、高さ三尺八寸で、歯が少なく体の肥えた馬が規格に合うものとされた。各州県には自家繁殖の子馬がいないので、必ず馬商人から買って送った。開州は各県の中央にあり、馬商人は外から来て、先に各県が途中で買い占め、買い終えてから通された。州官は納入を厳しく急がせ、馬の世話役は理不尽に鞭打たれ、馬価は高騰し、急ぎを求めてかえって遅れた。陳霽岩が知州になると、この事情を見抜いていた。そこで事を緩め、馬商人が全員そろうのを待ってから、告示を出して馬を検分することにした。前日、馬の世話役を役所に呼び、面と向かって尋ねた、「各県の供出馬はすでに出発した。お前は知っているか」と。皆が叩頭して「存じております」と答えた。また密かに言い含めた、「私の心はたいへん急いでいる。明日、馬を見るとき、急がないふりをする。お前たちはそれを心得よ」と。また叩頭して感激して去った。翌日、馬商人はそれぞれ世話役について馬を連れてきた。高さ四尺に達する馬もあったが、令は退けて使わず、「高い低いは比べるから分かる。むしろ一寸低いほうがよい。私は太僕寺に報告書を出して、自家繁殖の子馬だと説明する」と言った。人々は申し出て、さらに三日遅らせ、臨濮の市で買えば、簡単に手に入ると言った。長官はこれを許し、一人も責めずに退出した。馬商人たちは気落ちして、争って安値で売ろうとした。二日で調達できた。他県は高い馬を争って買い、期限を早めて送り、推薦を得ようとして、価格は四五十金に高騰した。この州では二十余金を超える馬はなかった。〔評〕真心で民のために尽くし、実際の政治を民に及ぼす者は、必ず推薦を度外視する。上手に推薦される者は、まさに推薦を求めない。推薦を求める者は、……(原文は途中で切れている)
解説
この章句が説くこと
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『智囊』經務・陳霽岩陳霽岩、開州に在り。己巳の冬、倉穀幾ど尽く。撫台、各州県に命じて在庫の銀二千両を動支して糴穀せしむ。此の時穀価騰踴し、毎石銀六銭、各県遵行し、大戸に派して糴を領せしめ、価を給すること五銭一石、毎石己を賠すること一銭、耗費復た一銭。災傷の余、大戸何ぞ堪えん。而して倉に入る穀は止だ四千石、是れ上下両つながら病むなり。公、堅く意をして行わず、竟に此を以て参せらる。災年を以て僅かに免る。庚午の秋に至り、州の高郷大いに熟し、隣境は則ち尽く熟し、穀価減じて三銭余に至る。方に撫台に申して銀二千両を動支し、大戸に派して分かち糴せしめ、価を報ずること三銭なれば、即ち数の如く之を給す。自後時価益す減じて二銭五分に至る。大戸、余銀を扣除せんことを請う。公笑いて之に応じて曰く、「寧ろ穀を増すとも銀を減ぜず」と。上年の買う所に比して、穀多きこと三千余石、而して大戸に累賠無し。上司に報ずるの外、余穀七百余石は、則ち尽く以て流民の復業する者に給す。先に是れ本州の土城十五、連年の大雨灌注し、凡そ崩塌すること数十処。庚午の秋、当に議して填修すべし。吏、郷夫を役せんことを請う。公許さず。会たま両年の被災有り、流民は已に荒糧を蠲くを聞き、郷井に還らんことを思う。因りて遍く示を出して招撫して云う、「亟かに帰りて麦を種えよ、官当に爾を賑うべし」と。乃ち前の大戸の糴する所の余穀を出だし、刻期して給散す。另に四五の小牌を各門の一里外に出し、各おの盛穀の袋を将て、土を装いて城上に到り、崩塌の処を填めしむ。総甲は面上に印を用い、倉中に印を験して穀を発す。再び賑して城已に修め完わる。
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『智囊』經務・趙抃・黃震趙清献公、熙寧中に越州を知す。両浙は旱蝗にして、米価踴貴し、飢死する者相い望む。諸州は皆な榜を衢路に立てて告賞し、人の米価を増すを禁ず。公は独り通衢に榜し、米有る者をして価を増して之を糶せしむ。是に於いて米商輻輳し、米価更に賤し。〔馮述評〕大凡物は多ければ則ち賤く、少なければ則ち貴し。賤きを求めずして多きを求む、真に人に暁かなる者なり。撫州飢え、黄震、命を奉じて往きて荒を救う。但だ富民耆老を期会し、某日に至らしむ。至れば則ち大書して「閉糴する者は籍し、強糴する者は斬る」の八字を市に掲ぐ。米価遂に平らかなり。
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『智囊』經務・陳霽岩陳霽岩、開州を知す。時に万暦己巳、大水あり。蠲く無くして賑有り。府下の有司議し、公倡議す、「極貧は穀一石、次貧は五斗、務めて実恵に沾わしめよ」と。放賑の時、号を編み旗を執り、魚貫して進み、万人と雖も敢えて嘩する者無し。公は自ら倉門の小棚に坐し、筆を執りて名を点じ、其の衣服容貌を視、極貧の者は之を暗記す。庚午の春、上司牒を行いて再び極貧の者を賑わす。書吏稟して出示して別に報ぜんとす。公曰く、「必ずしも然らず」と。第だ前の点名冊中の暗記せる極貧の者を出し、径ちに開喚して領せしむ。郷民咸な以て神と為す。蓋し前に賑を領する時、妝点するに暇あらず、尽く真態を見るが故なり。
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『智囊』遠猶・王鐸王鐸、京兆丞たりし時、李蠙、度支を判し、毎年江淮より米を京に運ぶ。水陸の脚銭、斗を計るに七百。京国の米価は斗四十。議して江淮をして米を運ばしめず、但だ毎斗銭七百を納めしめんと欲す。鐸曰く、「計に非ざるなり。若し京国に於いて糴米せば、且つ京国の食を耗らす。若し米を淮より京国に運ばば、兼ねて無限の貧民を済うなり」と。糴米の制は、業に已に行われ、竟に敢えて其の議を阻む者無し。都下の米は果たして大いに貴く、未だ旬を経ずして度支は罷めんことを請う、民の至る者無きを以てなり。識者は皆な鐸の事を察するに服し、此を以て大いに用いらる。〔馮述評〕国初の中塩の法、粟を輸して辺に実たしめ、塩を内地に支う。商人の粟を運ぶこと艱苦にして、是に於いて民を募りて辺に就きて荒を墾かしめ、以て輸納に便にし、而して辺地は俱に成熟す。此れ塩・屯の相い須つ最も善き法なり。葉侍郎淇、郷人の請いに徇い、銀を部に輸するに改めてより、辺地は日に漸く拋荒し、粟は遂に騰貴し、塩法も亦大いに敝壊せり。「小利を見れば則ち大事成らず」、聖言は真に畏るべきかな。
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『智囊』應卒・雷簡夫・陸光祖陝西、洪水下るに因り、大石、山澗の中を塞ぎ、水遂に横流して害を為す。石の大なること屋の如き者有り、人力もて去ること能わず、州県これを患う。雷簡夫、県令たり、乃ち人をして各々石の下に一穴を穿たしめ、度ること石の大なるが如くし、石を挽きて穴に入れてこれを窖す。水患遂に息む。陸光祖、初めて濬県令を授けらる。庚戌、賀蘭入塞す。大司馬趙錦、三輔の民を役して垣を築き以て禦がんことを議す。陸持して不可とす。司馬怒り、軍興を撓すを以てこれを劾す。陸屹として動かず。已にして復た直指に言う、「必ず本地の民を役せんとせば、銭を出して辺民に与え、雇役の法の如くするに若かず」と。直指その議を上げ、ついに請を得、三輔乃ち安んず。
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『智囊』經務・程顥河東路は財賦充たず、官に科買有れば、則ち物価騰踊し、歳に民の患いと為る。明道先生、需むる所を度り、富家をして預め備えしめ、其の価を定めて之を出ださしむ。富室は息を失わず、而して郷民の費やす所は旧に比して十の二三に過ぎず。民の税粟は常に近辺に移し、載せ往けば則ち道遠く、就きて糴すれば則ち価高し。先生は富民の任ずべき者を択び、預め辺郡に粟を購わしめ、費やす所大いに省く。富民を用いて擾さざるは、是れ大経済なり。亦た廉恵の実心、素より民に孚あるに由るが故なり。然らざれば、令の未だ行われざるに謗り已に騰がらん。
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